耳盥みみだらい)” の例文
……続くと、一燭いっしょくの電燈、——これも行燈にしたかったと言う——朦朧もうろうとして、茄子の牛がうずくまったような耳盥みみだらいが黒く一つ、真中に。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その下で八十の彼女は、日ごとに、六ツ折りのすそに絵をかいた障子屏風しょうじびょうぶめぐらし黒ぬりの耳盥みみだらいを前におき、残っている歯をお歯黒で染めた。
円座に着きながら、ふと見ると、無地の銀屏風びょうぶが一ぐうにめぐらしてあり、そこに鏡立と、耳盥みみだらい剃刀かみそりなどがそなえてあった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その耳盥みみだらいから少し視線を上げれば、そこにはお小夜の異様な脚部——宗右衛門はぞつとして、逆に老女の顔を見上げた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
寄席よせへ行った翌朝よくあさだった。おれん房楊枝ふさようじくわえながら、顔を洗いに縁側えんがわへ行った。縁側にはもういつもの通り、銅の耳盥みみだらいに湯を汲んだのが、鉢前はちまえの前に置いてあった。
奇怪な再会 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
櫛箱くしばこ耳盥みみだらい、そんなようなものが眼に触れると、北原はなんだか、ここで今まで、おとわ稲川もどきの世話場が、演ぜられていたような気配も想像されないではありません。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……加代姫さまといやア、大名のお姫さまの中でも一といって二とさがらねえ見識けんしきの高いお方。毎朝、手洗の金蒔絵の耳盥みみだらいをそのたびにお使いすてになるというくらいの癇性。
お紋は湯道具を鏡の前へ置いて、耳盥みみだらいへ湯を取り、白粉壺おしろいつぼ牡丹刷毛ぼたんばけを取広げながら
お美津簪 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
役僧の維那いのが、お剃刀かみそりを持って立つ。侍者じしゃ耳盥みみだらいを捧げ、都寺つうすくしをとって、魯達の髪の毛を九すじいてつかね分ける。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
次の六畳の真中の、耳盥みみだらいから湧くように、ひらひらと黒い影が、鉄漿壺を上下うえしたに二三度伝った。黒蜻蛉くろとんぼである。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きなのうれに、小さい蚊虫かむしがフヨフヨと飛んでいる夕暮れでうす暗い障子のかげで、はげた黒ぬりの耳盥みみだらいを片手にもたせて、上をむきなさいといわれた。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
……小房はそっと立上ると、耳盥みみだらいに紙を敷いたのを持って来て枕許まくらもとへ置いた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
俯向いている下に耳盥みみだらいが一つあって、俯向いているのはその人が今、きれでもって面の一部分を洗っているのであることを知ったのは、やっと中へ入っていっそう気を鎮めた後のことであります。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
老女が女によく磨いた真鍮しんちゅう耳盥みみだらい竹椽たけえんへ運ばせた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
耳盥みみだらいに湯をといいつける。調ととのうと、几帳きちょう壁代かべしろで注意ぶかく風ふせぎを立て、彼女は、義貞に肌をぬがせた。そして、熱いしぼりで義貞の背やわきを拭きまわった。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お妻の局がお薬湯の天目てんもくをささげ、また、ほかの局も、お手ふきやら、ぬる湯を入れた耳盥みみだらいなどを持って、廊から廊を、執権のいる表小御所おもてこごしょのほうへ渡って行った。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
するとすぐ、敏捷びんしょうに、いつもの耳盥みみだらいくしとを持って、彼のうしろに小膝を折った小武者があった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
菊王は、耳盥みみだらいの水を、えんらんから、すぐ下の中川の流れへこぼして。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、剃刀や耳盥みみだらいなども持って退がってしまった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
耳盥みみだらいのぬる湯でしぼる白い布を見て。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)