老松おいまつ)” の例文
婆様の老松おいまつやら浅間あさまやらのむせび泣くような哀調のなかにうっとりしているときがままございました程で、世間様から隠居芸者とはやされ
(新字新仮名) / 太宰治(著)
例へば「老松おいまつ」に「紅梅殿こうばいどの」といふ小書が附くと常は登場しない天女のツレが登場するとか、「絵馬ゑま」に「女体によたい」といふ小書が附くと、常は力神を
演出 (新字旧仮名) / 野上豊一郎(著)
宗右衛門には久しぶりに来て見たこの仰々ぎょぎょうしい山門が、背景をなす寺の前庭の寂びを含んだ老松おいまつの枝の古色に何となくそぐはなく見えるのであつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
堀越実子じつこ——市川翠扇すいせんという女優の名で出演し、七人ななたり舞女ぶじょは、そのころの新橋七人組といわれた、小夜子さよこ老松おいまつ秀千代ひでちよ、太郎、音丸おとまる栄竜えいりゅう、たちだ。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
庭の老松おいまつに一羽の烏が伴鳥ともどりもなく止まっていたが、真っ黒の姿を陽に輝かせキョロキョロ四辺を見廻している。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
柏軒の四女やすは保さんの姉水木みきと長唄の「老松おいまつ」を歌った。柴田常庵しばたじょうあんという肥え太った医師は、越中褌えっちゅうふんどし一つを身に着けたばかりで、「棚の達磨だるま」を踊った。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
老松おいまつちこめて神々こうごうしきやしろなれば月影のもるるは拝殿階段きざはしあたりのみ、物すごき下闇したやみくぐりて吉次は階段きざはしもとに進み、うやうやしくぬかづきて祈るこころに誠をこめ
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「お嬢さん、あなた、もっと踊って見せて下さい、今のは浦島でしょう、今度は老松おいまつかなにかを」
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
門長屋の兵六老爺ひょうろくおやじ、大手を開けに朝く起出でて、眼と鼻をこすりながら、御家の万代よろずよを表して、千歳ちとせみどりこまやかなる老松おいまつの下を通りかかれば、朝霜解けた枝より、ぽたり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
顎十郎は先に立って厩を離れ、矢場のあずちのうしろをまわって塀ぎわのひろい空地に出ると、急に足をとめ、蟠屈ばんくつたる大きな老松おいまつこずえをさしながら藤波のほうへ振りかえり
顎十郎捕物帳:07 紙凧 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「おれは植木の医者の方が上手かも知れない。蟠竜はんりょうというのはこんなのだろう。これを見ると深山の断崖だんがいから、千仞せんじんの谷に蜿蜒えんえんとしている老松おいまつを思い出すよ」とおっしゃるので
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
彼女は両手を前に差出しながら手さぐりで歩いて、一本の老松おいまつのそばに歩み寄ったが、両手が老松に触れるや否や立ちどまって懐の中から白い人形のようなものを取り出した。
血の盃 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「橋本さん、老松おいまつねえさんもここへ呼びましょう——今、御座敷へ来てますから」
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ねえさん株の福太郎と春次が長唄ながうた地方じかたでお酌が老松おいまつを踊ると、今度は小稲が同じ地方で清元の春景色を踊るのだったが、酒がまわり席のややみだれた時分になって、自称女子大出の染福が
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
老松おいまつおのれの露を浴びて
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
と、行手の坂道に、巨大な老松おいまつが立っていた。「あれがそうだろう、一本松!」お仙そっちへ走って行った。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まだ純一の前を起たずに、背を円くして胡坐あぐらいて、不精らしく紙巻煙草を飲んでいた瀬戸が、「長歌の老松おいまつというのだ」と、教育的説明をして、暫くして又こう云った。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)