石崖いしがけ)” の例文
そして晝間でも御殿の下の日当りのよい石崖いしがけりかゝって、晴れた秋の空を見上げながらひとりぼんやりと幻をいかけたりした。
これはいかにも、時宜的タイムリイな助言であった。人夫は屍体を竿にかけたまま、橋桁から石崖いしがけの方へ渡り、石段の方へ、水中の屍体を引いて来た。
死者を嗤う (新字新仮名) / 菊池寛(著)
こう云う小屋の間を縫って、きずにのぼって行くと、今度は石崖いしがけの下に細長い横幅ばかりの長屋が見える。そうして、その長屋がたくさんある。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私はこの石崖いしがけこそは自然のビルディングだと思ったから、私は早速彼らをこの石崖へき散らしてしまったのであった。二、三十匹は確かにいたはずだ。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
まるうちの街路の鈴懸すずかけの樹のこの惨状を実見したあとで帝劇へ行って二階の休憩室の窓からおほりの向こう側の石崖いしがけの上に並んだ黒松をながめてびっくりした。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ああ、その水の声のなつかしさ、つぶやくように、すねるように、舌うつように、草の汁をしぼった青い水は、日も夜も同じように、両岸の石崖いしがけを洗ってゆく。
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
新宿の旭町あさひまちの木賃宿へ泊った。石崖いしがけの下の雪どけで、道があんこのようにこねこねしている通りの旅人宿に、一泊三十銭で私は泥のような体を横たえることが出来た。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
そこで、石崖いしがけに薄い材木を並べ、それで屋根のかわりとし、その下へ私達は這入り込んだ。この狭苦しい場所で、二十四時間あまり、私達六名は暮したのであった。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
この時自分は、浜のつつみの両側に背丈よりも高い枯薄かれすすき透間すきまもなく生え続いた中を行く。浪がひたひたと石崖いしがけに当る。ほど経て横手からお長が白馬を曳いて上ってきた。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
水際の石崖いしがけに腰をおろすと、涼しくて、そして悲しい様な河風がを吹く。十分二十分と経つうち河岸かしの上の人数が次第に殖え、自分達の場所を目掛けて降りて来る人も多くなつてく。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
一つは有名な大谷観音で、これは石崖いしがけに彫りつけた大きな仏像で、出来がなかなか立派である。前述の如く弘仁期の作。石はもとより大谷石。軟質であるがよく風雨に堪え今日に及んだ。
野州の石屋根 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
三人は、また、四本の足をもって、馬蹄形ばていがたの海岸の石崖いしがけの端を、とぼとぼと拾い歩きして行った。そうして、藤原はたけが高かったにしても、雪は二尺から積もっていた。踏まれた道は狭かった。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
くだくだしい描写ははぶくことに致しますが、その窓は隅田川に面していて、外は殆ど軒下のきした程の空地もなく、すぐ例の表側と同じコンクリート塀に囲まれ、塀は直ちに余程高い石崖いしがけに続いています。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
高い石崖いしがけふちすれすれに建っていて、縁側にいると体が崖の外へみ出しそうな、落ち着きの悪い気がするので、貞之助などは
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
蹲踞しゃがんでをみていると、飛んでゆく鳥の影が、まるでかますかなんかが泳いでいるように見える。水色をした小さいかにが、石崖いしがけの間を、はさみをふりながら登って来ている。
田舎がえり (新字新仮名) / 林芙美子(著)
川の水は満潮のまままだ退こうとしない。私は石崖いしがけを伝って、水際みずぎわのところへ降りて行ってみた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
石崖いしがけの上の端近く、一高の学生が一人あぐらをかいて上着を頭からすっぽりかぶって暑い日ざしをよけながら岩波文庫らしいものを読みふけっている。おそらく「千曲川ちくまがわのスケッチ」らしい。
あひると猿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
座敷は川がかぎの手に曲っている石崖いしがけの上に建っていて、その鍵の手の角のところへ、別に又二筋の川が十の字を描くように集って来ているのが、障子の内にすわっていると
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
武藤邸の白い長い石崖いしがけを出はずれると、山の方へ上って行く誰にもそんなに知られていない石の段々がある。実に静かで長い段々なので、私は月のいい夜など、この石の段々へ犬を連れて涼みに行く。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
愴惶そうこうとして往年の恋の通い路、———例の石崖いしがけの下へ走って行った。