眼蓋まぶた)” の例文
眼をつぶるとさまざまの花が、プランクトンが、バクテリヤが、稲妻が、くるくる眼蓋まぶたの裏で燃えている。トラホオムかも知れない。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
秀才の女房は眼蓋まぶたの上にきずがある——しばらく逢わないが呉媽はどこへ行ったかしらんて……惜しいことにあいつ少し脚が太過ぎる
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
皮膚の上にもう一枚皮膚ができたやうに、垢と脂とで汚れきつてゐるが、眼蓋まぶたや唇のぐるりだけ黒ん坊みたいにくまどつて生地の肌色が現れてゐた。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
勘兵衛に強いられて二三杯めたお笛は、眼蓋まぶたのあたりをほんのり染め、どことなく体つきになまめかしさが匂っていた。
嫁取り二代記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
年は四十ばかりで、かろからぬ痘痕いもがあッて、口つき鼻つきは尋常であるが、左の眼蓋まぶた眼張めっぱのようなきずがあり、見たところの下品やすい小柄の男である。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
古代においては日月蝕を不吉と見たのである。次に九節の「東雲しののめ眼蓋まぶた」は東雲の美婦人の起床にたとえての語である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
カキの貝殻のように、段々のついた、たるんだ眼蓋まぶたから、弱々しい濁った視線をストオヴの上にボンヤリ投げていた中年を過ぎた漁夫がつばをはいた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
今度は好い具合に、眼蓋まぶたのあたりに気をつかわないで済むように覚えて、しばらくするうちに、うとうととした。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は重い眼蓋まぶたをあげて思わず手をたたいた。私の腕はいつも異様な酒の酔いで陶然としているみたいだったから、そんな光景が一層不思議な夢のように映った。
鬼涙村 (新字新仮名) / 牧野信一(著)
はちにでもさされたみたいなれぼったい眼蓋まぶたで、笑うと眼がなくなり、鼻は団子鼻というのに近く、下唇したくちびるがむッと出ているその顔は、現在のむくみのようなものに襲われない以前でも
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
左側の眼蓋まぶたの上に出血があったが、ほとん無疵むきずといっていい位、怪我けがは軽かった。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
しかし私にはそれが何の役に立とう? 私はゴロッと仰向きに寝転んで、猫を顔の上へあげて来る。二本の前足を掴んで来て、柔らかいそのあしのうらを、一つずつ私の眼蓋まぶたにあてがう。快い猫の重量。
愛撫 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
眼蓋まぶたの下の双眼は火焔の如く耀きつ
イーリアス:03 イーリアス (旧字旧仮名) / ホーマー(著)
それから眼をつぶっても眼蓋まぶたの裏にありありと電球が見えるだろう、それが証拠だ、それに就いて、むかしデンマークに、こんな話があった
雪の夜の話 (新字新仮名) / 太宰治(著)
眼千両と言われた眼は眼蓋まぶたれて赤くなり、紅粉おしろいはあわれ涙に洗い去られて、一時間前の吉里とは見えぬ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
鈍重な眼蓋まぶた物憂ものうげに伏せたまま、ばたきもせず真実馬耳東風に素知らぬ姿を保ち続けるのみだった。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
今度こんど具合ぐあひに、眼蓋まぶたのあたりにつかはないでやうおぼえて、少時しばらくするうちに、うと/\とした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
絆纏はんてんにゲートルを巻いて、何か知らぬが大きな風呂敷包を腰にくくりつけたのや、眼脂めやに眼蓋まぶたのくつつきさうになり、着物の黒襟が汚れてピカピカに光つてゐる女やら
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
相手は拍手に、イヤな顔をして、黄色ッぽくムクンだ片方のほお眼蓋まぶたをゆがめた。そして、だまって自分のたなのところへ行くと、端へひざから下の足をブラ下げて、関節を掌刀てがたなでたたいた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
右の眼蓋まぶたがけいれんする。下品な絵だ。駄目だと思う。
小さき良心:断片 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
眼蓋まぶたれて顔つきが変ってしまい、そうしてその眼蓋を手で無理にこじあけて中の眼球を調べて見ると、ほとんど死魚の眼のように糜爛びらんしていた。
薄明 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ひどく、ぶ器量なくせに、パーマネントも物凄ものすごく、眼蓋まぶたを赤く塗ったりして、奇怪な厚化粧をしているから、孔雀くじゃく
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
あるいは外地の悪質の性病に犯されたせいかも知れない。気の毒とも可哀想とも悲惨とも、何とも言いようのないつらい気持で、彼の痴語を聞きながら、私は何度も眼蓋まぶたの熱くなるのを意識した。
女神 (新字新仮名) / 太宰治(著)