真只中まっただなか)” の例文
「やあ、帆村君」警部は、青年探偵帆村荘六のなごやかな眼をみた。事件の真只中まっただなかに入ってきたとは思われぬ温容おんようだった。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
人を嚇してみるにはよいところ、朱雀野すざくの真只中まっただなか、近来ここでは追剥おいはぎ辻斬つじぎりとが流行はやる、遊客は非常な警戒をした上でなければ通らないところです。
その間彼は寝台の上に、燃え立つような赤い光の真只中まっただなかに横になっていた。その光は、時計が一時を告げた時に、その寝台の上を流れ出したものである。
風の加った雨脚あまあしの激しい海の真只中まっただなかだ。もはや、小初の背後の波間には追って来る一人の男の姿も見えない。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
少年ははらばいながら岬のはじへ出て下を覗き込んだ。少年のすぐ眼の下に底の知れない蒼海あおうみ真只中まっただなかから、空中につっ立っている一つの大きな大きな巌がある。
嵐と火事の真只中まっただなかに囲まれた京の人々は全く半狂乱でその為す所を知らずと云う有様、皆もう生きた心持もなく、唯々ただただ自然の成り行きにまかせて見ているより仕方がなかった。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
彼は心底はほんとうに情の深い、気立てのよい男なのだが、ふしぎに争いの真只中まっただなかに飛びこむのが好きである。しかし、奇妙な性癖で、彼は喧嘩の最初のほうだけしか楽しまない。
ヨブは大苦難の真只中まっただなかにありて前後左右を暗黒に囲まれつつ、一縷いちるこの光明を抱いたのである。以てこの語の偉大さを知るのである。これ人生の根柢こんていにおける彼の確信の発表である。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そこは海洋の真只中まっただなか大鳴門おおなるとだ。約一海里平方ぐらいの海が、大渦巻をなして、轟々ごうごう物凄ものすごいうなりをあげている。「あッ! 大渦巻だ!」「人をも、船をも、一呑みにする魔の海だ」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
共産主義者としての彼はまだ若く、その上にいわばインテリにすぎなかったから、実際生活の苦汁くじゅうをなめつくし、その真只中まっただなかから自分の確信を鍛え上げた、というほどのものではなかった。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
二俣ふたまたの奥、戸室とむろふもと、岩で城をいた山寺に、兇賊きょうぞくこもると知れて、まだ邏卒らそつといった時分、捕方とりかた多人数たにんず隠家かくれがを取巻いた時、表門の真只中まっただなかへ、その親仁おやじだと言います、六尺一つの丸裸体まるはだか
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仮令それが惚れたはれたの真只中まっただなか、浮いた浮いたの真最中でも、相手の女性はこの感得力だけは別にチャンと取っておいて、暗黙の裡に男性の心理状態を研究し続けているものであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして、とても綺麗きれいな星に違いないわ。きっと、一番美しくきらきら輝いているんだわ。……ねえ、文麻呂。そんな気がしない? あたし達はいつの間にか大空の真只中まっただなかに出てしまったの。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
おけの中のいもの様に混乱して、息も絶え絶えに合唱を続け、人津浪ひとつなみは、或は右へ或は左へと、打寄せ揉み返す、その真只中まっただなかに、あらゆる感覚を失った二人の客が、死骸の様に漂っているのでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けれど、彼の全身にみなぎっている真実を求める心は、主人公の気づかぬ間に、いつしか彼を散歩と称して、臭気しゅうきただよ真只中まっただなかに押しやっていたのだった。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
真只中まっただなかを細い一筋の川——だが近よつて見ると細くはない。大河だ。大雪原の大面積が大河を細くくぎつて見せてゐたのである。いつか私はその岸をとぼ/\と歩いてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
海洋の真只中まっただなかに浮んでいる人造島が、深い眠りに陥っているところをねらうのだ。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
処もあろうに現代文化の淵叢えんそうであり権威である九州帝国大学のまん中の、まひるの真只中まっただなかに、ほとんど仮初かりそめに私の指先に触れたと思う間もなく、早くもその眼に見えぬ魔手をさし伸ばして
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
大海原の真只中まっただなかでも
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
醤は、このからからんという音を聞くたびに、寒山寺かんざんじのさわやかなる秋の夕暮を想い出すそうである。——なにしろ、ここは、人跡じんせきまれなる濠洲ごうしゅうの砂漠の真只中まっただなかである。
氷原の真只中まっただなかに、氷にとざされて傾いている巨船であった。
大空魔艦 (新字新仮名) / 海野十三(著)