瑣末さまつ)” の例文
いかなる瑣末さまつな事件にも、この男のごとく容易に感服する人間は、滅多にない。いや、感服したような顔をする人間は、まれである。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
日常瑣末さまつの事件のうちに、よくこの特色を発揮する彼女の所作しょさを、津田は時々自分の眼先にちらつく洋刀ナイフの光のように眺める事があった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これでまず竜宮入り譚の瑣末さまつな諸点を解いたつもりだ。これより進んでこの譚の大体が解るよう、そもそも竜とは何物ぞという疑問を釈こう。
それ以来、足利といえば「——這奴しゃつか!」というほどなお口吻くちぶりにもなり、事は瑣末さまつだが、解けないしこりとなっていた。
ねえ、ドゥーニャ、僕がこの手紙に対して、こんな瑣末さまつな批評しかしなかったので、お前はどうやら憤慨したらしいね。
今日にありても儒者の教に養育しられたる者は、これらの談を聴きて瑣末さまつの事なりと思うべけれども、決して然らず。
物理学の要用 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
圭介達はしかし彼女には殆ど無頓著むとんじゃくのように、昔の知人だの瑣末さまつな日々の経済だのの話に時間をつぶしていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
物理のような基礎科学の教科書が根本の物理そのものはろくに教えないで瑣末さまつな枝葉の物理器械や工学機械のカタログを暗記させるようなものでは困ると思う。
足利期仏像のような瑣末さまつ形式のくり返しに陥り、一度び自然に眼が開けば必ず新鮮の美が油然と起って
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
けれどもこれらの詳細は、それを些事さじと言い去るのは誤りであって——人生のうちに些事はなく、植物のうちに瑣末さまつなる葉はない——それは皆有用なことである。
「おめえたちの艇は水雷艇だな。ひょろひょろしてるくせに速い」と法科の艇舳トップを漕いでいる、何でも瑣末さまつなことを心得ているので巡査と渾名あだなのある茨木いばらきが言った。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
個人の環境と生活、瑣末さまつな家常茶飯のあり方にその根がある。彼は二人の父が人間的に苦しんでいる事実を知ったところから、はじめて「生きるちから」を感じた。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
先づ旅行なぞといふ事になると、一週間も前から苦にする。それは旅行に附随して来る種々の瑣末さまつな事件を煩はしく思ふのである。行李かうりを整頓するなどもその一つである。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
眼前瑣末さまつのスケッチに過ぎぬ著衣始の句も、こうなるとたしかに風俗資料に入るべき価値がある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
これに反して秀れた魂はどんな瑣末さまつなことに関係してもその本質を体験することができる。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
「常に大思想をもって生き、瑣末さまつの事柄を軽視する慣わしを持て」
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
女は女の事を話したのだ。何んでも、大体はお互に知り合っていて、瑣末さまつな事を追加して話すというような工合さ。何んでも、万事いわなくっても先へ知れているという工合なのだ。妙じゃあないか。
日常瑣末さまつな写実主義でもないという証明があると思う。
問に答えて (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
如何いかなる瑣末さまつな事件にも、この男の如く容易に感服する人間は、滅多にない。いや、感服したやうな顔をする人間は、稀である。
戯作三昧 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし、それはまだ瑣末さまつなことで、彼はそのようなことなど考え始めようともしなかった。またそんな暇もなかった。
三千代と口をき出したのは、どんな機会はずみであったか、今では代助の記憶に残っていない。残っていない程、瑣末さまつな尋常の出来事から起ったのだろう。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ってこれから、秀郷の竜宮入りの譚の類話と、系統を調査せんに、まず瑣末さまつな諸点から始めるとしよう。
しかもそれが規矩きくのきちんとした、作法の厳しい武家となると、こまかい習慣の差はもちろん、心がまえまで変えなければならない、それが日常瑣末さまつなことに多いので
初蕾 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
初めからの後醍醐方でもない、つい昨日の寝返り武者が——という軽蔑なども多分にある。しかし当の高氏には今、そんな瑣末さまつを目のチリともしているひまはなかった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たとえばまた自分の専攻のテーマに関する瑣末さまつな発見が学界を震駭しんがいさせる大業績に思われたりする。しかし、人が見ればこれらの「須弥山しゅみせん」は一粒の芥子粒けしつぶ隠蔽いんぺいされる。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私たちがふつう不注意と無感覚との中に投げ棄てている日常の瑣末さまつな出来事をさえも自己の魂の奥底へまで持来して感じ、人生において大切なことは「何を」経験するかに存せずして
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
ともすれば彼は我を忘れて、というよりはかんじんなことを忘れて、瑣末さまつなことにかかずらうのであった。
それは僕の母と二人で箪笥たんすを買いに出かけたとか、すしをとって食ったとか云う、瑣末さまつな話に過ぎなかった。しかし僕はその話のうちにいつかまぶたが熱くなっていた。
点鬼簿 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
どんな瑣末さまつな科学的知識でも、その背後には必ずいろいろな既知の方則が普遍的な背景として控えており、またその上に数限りもない未知の問題の胚芽はいがが必ず含まれているのである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
うそじゃない。気の毒なほどなんにもやらないんでね。なんでも、ぼくが下女に命じて、先生の気にいるように始末をつけるんだが——そんな瑣末さまつな事はとにかく、これから大いに活動して、先生を
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼等は夜毎に長火鉢を隔てて、瑣末さまつな家庭の経済の話に時間を殺す事を覚え出した。その上又かう云ふ話題は、少くとも晩酌後の夫にとつて、最も興味があるらしかつた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この集の内容は例によって主として身辺瑣事さじの記録や追憶やそれに関する瑣末さまつの感想である。こういうものを書く場合に何かひと言ぐらい言い訳のようなことをかく人も多いようである。
自由画稿 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼は或瑣末さまつなことの為に自殺しようと決心した。が、その位のことの為に自殺するのは彼の自尊心には痛手だった。彼はピストルを手にしたまま、傲然ごうぜんとこうひとごとを言った。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
結局瑣末さまつな空談をもって余白をけがすことになったのは申訳のない次第である。
徒然草の鑑賞 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
自分はこういう瑣末さまつな物理学的の考察をすることによってこの句の表現する自然現象の現実性が強められ、その印象が濃厚になり、従ってその詩の美しさが高まるような気がするのである。
思い出草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
例えば当時の富人の豪奢の実況から市井裏店しせいうらだなの風景、質屋の出入り、牢屋の生活といったようなものが窺われ、美食家や異食家がどんなものをたしなんだかが分かり、瑣末さまつなようなことでは、例えば
西鶴と科学 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この瑣末さまつな経験はいろいろなことを自分に教えてくれた。
三斜晶系 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)