)” の例文
旧字:
なお女は彼のために、出仕まえの茶をてていた。彼はそこへいっていつもの席へ坐り、「母上、大きな『袴』でしたよ」といった。
日本婦道記:小指 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
奥山は、つづきの小部屋で酔い倒れ、小栗は茶室で茶をてていたが、座敷の物音を聞きつけて来て見れば、長坂と喜太夫がすでに絶命している。
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「一期」は一生涯のことで、「一会」は一度出会うという意味であるが、茶を「一生一度の茶」としててるというように平たく言い直してもよい。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
たれがてるのやら、その道の者はいないので、侍臣のうち、少々は茶筅ちゃせんの持ち方ぐらい知っているのが、がちゃがちゃと掻きまわして来るにちがいない。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう言って隠居を喜ばせる嫁がいるかと思うと、隠居を茶室へ招じ入れてお茶をてて喜ばせる嫁もいる。
万年青 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
どうも有難ありがたぞんじます……左様さやうなら御遠慮ごゑんりよなしに頂戴ちやうだいいたしますと、亭主ていしゆ河合金兵衛かはひきんべゑちやつてるあひだに、小丼こどんぶりまへ引寄ひきよせて乞食こじきながらも、以前いぜんは名のある神谷幸右衛門かみやかうゑもん
それがいつの間にか茶道という高尚な趣味的学問は、現代人の頭ではもうえられなくなって、ひたすら茶道というものを冒涜して、そうして茶をてる点茶の事ばかりやかましくいうのであります。
書道と茶道 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
茶をてたり、花を活けたり、泥のように酔っているとも思えない狂態を示したりした、だがからだはゆるさなかった。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かつてあの「大名物おおめいぶつ」は貧しい日常の用器に過ぎなかったではないか。あの茶人たちがしずを切って、簡素な器で茶をてた時、聖貧の徳に宇宙の美を味わっていたのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
藤吉郎は、むッつりと、あらぬほうへ眼をやって、うもすも答えずにいるあいだ、自分でてた一碗の茶を、鷹揚おうようにひとり飲みほして、それらの道具なども、水屋みずや退げた後にである。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
直輝ははかまひもを、きゅっとしめながら云った。支度がすんで居間へもどると、茶をてて来た加代は、はじをふくみながら一枚の短冊をそっとさし出した。
日本婦道記:梅咲きぬ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それ故「民藝」という事で、見方をしばっては相すまぬ。民藝を縁に、自由をこそ学ぶべきではないか。「平の教」をこそ省みるべきである。茶人なら「平の茶」をこそてるべきである。
改めて民藝について (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
時々、仕事のあいまに、独りで茶をて茶をのむのを楽しみとしていた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
床の間にはいつも花が活けてあるし、しばしば千草が来て、その切炉を使って茶をててくれた。
雪の上の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
といったさかい宗易そうえき——利休りきゅうも来て、茶をてた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
幸い相客もなく、大人もたいそうおよろこびで、お手ずから茶をてて下すったりした。
日本婦道記:桃の井戸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
どこかへ客にでも来ているような気持でうかうかと夏を越した。毎朝いちど、隠居所へいって舅に茶をてるのが日課だったがこれが父だという実感はなかなかわいてこなかった。
合歓木の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
時に茶をてていったりすると「こちらで申付ける以外には気を遣うには及ばないから」と云われさえした、それで都留もまた殆んど終日その部屋にこもっているという風だったのである。
晩秋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おくみは女中に手伝わせて、茶の道具をはこんで来、土風炉ふろで、茶をてた。
しかも隼人は妻に茶をてさせ、いかにも心しずかに一服してから、はじめて客の前へ来て坐った。これだけの順序で、三人の者はまったく圧倒されいきごんでいた出端をくじかれたかたちだった。
薯粥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
姉は茶をててくれた。