滴々てきてき)” の例文
のどがかわいているとみえて、蛾次郎はそこで一息ひといきつくと、岩層がんそうのあいだから滴々てきてきと落ちている清水しみずへ顔をさかさまにして、口をあいた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この物質的に何らの功能もない述作的労力のうちには彼の生命がある。彼の気魄きはく滴々てきてき墨汁ぼくじゅうと化して、一字一画に満腔まんこうの精神が飛動している。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
千百の言葉は一団の飯にも及ばず、娓々びびげん滴々てきてきみづにもかぬ場合である。けれども今の自分の此の言葉は言葉とのみではない。直ちに是自分の心である。
日本大地震 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
松吟庵しょうぎんあんかんにして俳士はいしひげひねるところ、五大堂はびて禅僧ぜんそうしりをすゆるによし。いわんやまたこの時金風淅々せきせきとして天に亮々りょうりょうたる琴声きんせいを聞き、細雨霏々ひひとしてたもと滴々てきてきたる翠露すいろのかかるをや。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
涙はほおを伝うて滴々てきてきとして足元に落ちた。足にはわらじをはいている。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
雪のはだえ滴々てきてきたる水は白蓮びゃくれんの露をおびたるありさま。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
みず滴々てきてき
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
さんとして、二人の具足や太刀金具が光を放つ。それにつけて満身の雪も滴々てきてきとしずくして落ちた。いや二人の涙はそれにまさるものがあった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「何、大丈夫だ」と云いながら高柳君はとがった肩を二三度ゆすぶった。松林を横切って、博物館の前に出る。大きな銀杏いちょう墨汁ぼくじゅうてんじたような滴々てきてきからすが乱れている。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また閑素な茶室のどこかに、岩清水のような滴々てきてきな音をさせているかと思うと、ここの家族がみな「御研小屋おとぎごや」と敬称して
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
滴々てきてきと垣をおお連𧄍れんぎょうな向うは業平竹なりひらだけ一叢ひとむらに、こけの多い御影のいを添えて、三坪に足らぬ小庭には、一面に叡山苔えいざんごけわしている。琴のはこの庭から出る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、それは一浴したためというよりも、彼の五体を駆けめぐっている血行と頭脳の活動から垂るる滴々てきてきのものだといったほうがあたっていよう。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あざやかなべに滴々てきてきが、いつの雨に流されてか、半分けた花の海はかすみのなかにはてしなく広がって、見上げる半空はんくうには崢嶸そうこうたる一ぽう半腹はんぷくからほのかに春の雲を吐いている。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
朽木くちきの根から、滴々てきてきと落ちている清水にのどをうるおそうとして、ふと、こけや木の葉に埋もれている道しるべの石をみると
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜なので、人目もなかったが、昼だったら、駒の駈けた後に、滴々てきてきと血のこぼれを往来の人は見たであろう。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ、滴々てきてきと、からだを打つものは、岩壁の肌から乳のように絞られる清水しみずである。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
忍剣を斬り、龍太郎の首をうち、いままた伊那丸をけいした半助は、さすがに斬りつかれがしたとみえて、滴々てきてきと、血流ちながしから赤いしずくのたるるやいばをさげて、ぽうッとしばらく立っていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)