泰平たいへい)” の例文
さてここに、私もちょうど泰平たいへいの世を謳歌おうかするようなのんきなむだばなしを書いたが、それは口からでまかせにしゃべりちらしたものである。
「アア、酒も好い、下物さかなも好い、お酌はお前だし、天下泰平たいへいという訳だな。アハハハハ。だがご馳走ちそうはこれっきりかナ。」
太郎坊 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「お山はお山だ! 白山のことよ! 鬼王丸の支配下にあるこの加賀の白山のことよ! 昔ながらに泰平たいへいであろうな?」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
泰平たいへいの世には、めったに見られないが、あけくれ血や白刃しらはになれた戦国武士の悪い者のうちには、町人百姓を蛆虫うじむしとも思わないで、ややともすると
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
国家が危くなれば個人の自由がせばめられ、国家が泰平たいへいの時には個人の自由が膨脹ぼうちょうして来る、それが当然の話です。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
泰平たいへいの世の江戸参勤のお供、いざ戦争というときの陣中へのお供と同じことで、死天しでの山三途さんずの川のお供をするにもぜひ殿様のお許しを得なくてはならない。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ながあいだ江戸時代えどじだい泰平たいへいゆめやぶれるときがきました。江戸えど街々まちまち戦乱せんらんちまたとなりましたときに、この一人々ひとびとも、ずっととおい、田舎いなかほうのがれてきました。
さかずきの輪廻 (新字新仮名) / 小川未明(著)
机の前にあぐらをかきながら、湯にかしたブロチンをすすつてゐれば、泰平たいへいの民の心もちがする。かう云ふ時は小説なぞ書いてゐるのが、あさましいやうにも考へられる。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それも江戸の泰平たいへいが今絶頂という元禄げんろくさ中の仲之町の、ちらりほらりと花の便りが、きのう今日あたりから立ちそめかけた春の宵の五ツ前でしたから、無論嫖客ひょうきゃくは出盛り時です。
あの親切しんせつやさしいかたふてはわるいけれど若旦那わかだんなさへかつたらおぢやうさまも御病氣ごびやうきになるほどの心配しんぱいあそばすまいに、左樣さういへば植村樣うゑむらさまかつたら天下てんか泰平たいへいをさまつたものを
うつせみ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
吉三郎の家を出ると、ガラツ八はもう天下泰平たいへいの顏になつてゐるのでした。
この二十日間、さいわいべつに怪しい事件も起こらず、まず泰平たいへいであった。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
とはいえ互いにここの苦悩百難を乗り超ゆるも、ゆくての乱定まって泰平たいへいに会う日の作業じゃ。……別離の一献を酌んで、明日は戦場で快く会おうぞ
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
泰平たいへいの時代にふさはしい、優美なきらめき烏帽子ゑぼしの下には、しもぶくれの顔がこちらを見てゐる。そのふつくりと肥つた頬に、鮮かな赤みがさしてゐるのは、何も臙脂えんじをぼかしたのではない。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
さて、豊臣の政権が長くつづかないとしても、天下万民が安穏に富みさかえ、家ごとに家運の繁栄と世の泰平たいへいを謳歌することは、近い将来のことです。そのとき、だれが天下を統一するか。
それほど世は泰平たいへい錯誤さくごしていたのである。ゆうべも今朝も、実に変らぬ戦国下の一日であり、その中の都でもあることを、ふと忘失していたのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
形では上下の区別があっても、そのときその治下の民衆は大きな安心と国家の泰平たいへいを感じるからである。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ一ときもはやく、かねがねそちが話したおん方にお目にかかり、また忍剣にんけんをたずね、その他の勇士をりあつめて、この乱れた世を泰平たいへいにしずめるほか、伊那丸いなまるの望みはない
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして自己の勢力圏内にある民心に、将来の泰平たいへいと、統業の実を示すにあった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「世を治めるの剣。民を愛護し泰平たいへいを招来するの経世けいせいの剣にござります」
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)