沈欝ちんうつ)” の例文
見ると少しく沈欝ちんうつしたようすはしているが、これが恐るべき牛疫とは素人目しろうとめには教えられなければわからぬくらいである。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
余はことに彼ヤイコクが五束いつつかもある鬚髯しゅぜん蓬々ぼうぼうとしてむねれ、素盞雄尊すさのおのみことを見る様な六尺ゆたかな堂々どうどう雄偉ゆうい骨格こっかく悲壮ひそう沈欝ちんうつな其眼光まなざし熟視じゅくしした時
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
自然おのづ外部そとに表れる苦悶の情は、頬の色の若々しさに交つて、一層その男らしい容貌おもばせ沈欝ちんうつにして見せたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
けだしこの詩は千余年前シナの詩人がその時事を諷刺したるものにして、その沈欝ちんうつ悲壮の音はあたかも今日露国の現状を描写するに適当なるを覚うるなり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
沈欝ちんうつな重くるしい心持になって、ふらりふらりと夜の町をさまよい、暗いカフェーの店口から白粉おしろいを塗った女の顔や、洋装した女の足の見えたりするを窺い
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
初めはやはり陽気に騒ぐたちであったが、次第に段々沈欝ちんうつとなって、ややともすると考え込むようになった。
僕は心の自由を恢復かいふくし、悪運の手よりのがれ、身の上の疑惑をいだくこと次第に薄くなり、沈欝ちんうつの気象までが何時いつしか雪のけるごとく消えて、快濶かいかつな青年の気を帯びて来ました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
こういう余興係よきょうがかりには、いたずらずきの次郎がまっさきにひきうけねばならぬはずだが、次郎はなぜかいぜんとして沈欝ちんうつな顔をしているので、他の人々もしいてすすめなかった。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
『な、な、何故なぜですか。』と、りく仲間なかま一時いちじ顏色がんしよくへたのである。大佐たいさは、たゞちにこのとひにはこたへんとはせで、かうべめぐらして、彼方かなたなる屏風岩べうぶいわほうながめたが、沈欝ちんうつなる調子ちようし
私は悩ましい沈欝ちんうつな眼でぢつと彼を見守つた。二人は親身の兄弟のやうに教室に出入りや、運動場やを、腕を組まんばかりにして歩いた。青々とした芝生の上にねころんで晩夏の広やかな空を仰いだ。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
何処やら武骨ぶこつな点もあって、真面目な時は頗る厳格げんかく沈欝ちんうつな、一寸おそろしい様な人であったが、子供の眼からも親切な、笑えば愛嬌の多い先生だった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
『沈んで居る?』と銀之助は聞咎きゝとがめて、『沈んで居るのは彼男あのをとこの性質さ。それだから新平民だとは無論言はれない。新平民でなくたつて、沈欝ちんうつな男はいくらも世間にあるからね。』
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
先程からぱっとして色と云う色をえさして居た日は、雲のまぶたの下に隠れて、眼に見る限りの物は沈欝ちんうつそうをとった。松の下の大分黄ばんだ芝生に立って、墓地の銀杏いちょうを見る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)