水泡すいほう)” の例文
危うし危うし。もし孟達が孔明のいましめに柔順であったら、事すべてが水泡すいほうに帰するであろう。まことや能者は坐して千里の先を
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夫人はその母君をねたんでいた心も長い時間に忘れていって、自身の子として育てるのを楽しんでいたことが水泡すいほうに帰したのを残念に思った。
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
父の好意は再び水泡すいほうに帰した。小夜子は悄然しょうぜんとして帰る。小野さんは、脱いだ帽子を頭へせて手早く表へ出る。——同時にく春の舞台は廻る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
せっかくの手がかりとなすべき努力も水泡すいほうに終わったのを知って、空中芸の済むのと同時に、やや思案に余ったかのごとく、ふたたび殺人の現場へ引き返していくと
それやこれやで、彼女たちの中の嫉妬しっと深い者が目星めぼしをつけられて厳重な訊問じんもんを受けることになったが、そんな形跡もないことが知れて、此の方面の努力も水泡すいほうに帰した。
辛酸五年の労苦が水泡すいほうに帰したところへ、あらたな力をいだいて魔境へゆくケルミッシュをみる、ダネックの胸のなかの切なさ。ところへ、二、三日経って二度目の会見が行われた。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
「御家老、ことここに及んでは万事休しました。県先生との一切の関りを断つべきです。一刻もなおざりには相成りません。もし処置が後れますと御家老の位置は水泡すいほうに帰します」
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ただ半蔵としては、たといこの過渡時代がどれほど長く続くとも、これまで大和言葉やまとことばのために戦って来た国学諸先輩の骨折りがこのまま水泡すいほうに帰するとは彼には考えられもしなかった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
翁が特に愛していた、蝦蟇出がまでという朱泥しゅでい急須きゅうすがある。わたり二寸もあろうかと思われる、小さい急須の代赭色たいしゃいろはだえPemphigusペンフィグス という水泡すいほうのような、大小種々のいぼが出来ている。
カズイスチカ (新字新仮名) / 森鴎外(著)
実に、手剛てごわい。僕たちの悪計もまさに水泡すいほうするかのごとくに見えた。
未帰還の友に (新字新仮名) / 太宰治(著)
影画のようなオォルでも、上げれば、水泡すいほうと、飛沫しぶきが、同時に光ります。「いいなア」と誰かが溜息ためいきをついていました。いでいれば、あんなにつらいものでも、見ていれば綺麗きれいに違いありません。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
まつた水泡すいほうしたとおもはれたので、いまは、その愛兒あいじをばくにさゝぐること出來できかはりに、せめては一艘いつそう軍艦ぐんかん獻納けんなうして、くにつく日頃ひごろこゝろざしげんものと、その財産ざいさん一半いつぱんき、三年さんねん日月じつげつ
それでは、きょうまでの臥薪甞胆がしんしょうたん伊那丸君いなまるぎみのおこころざし、すべては水泡すいほうとなり、またの笑われぐさにすぎぬものとなる
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もしお千絵殿の身に異変いへんがあったら、すべては水泡すいほうに帰してしまうがと、彼の心は気が気ではなくなった。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
諸将は光秀のそばを去ると、つづいて清冽せいれつの中へ白い水泡すいほうのすじを作って、続々、徒渉して行った。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)