枳殻からたち)” の例文
旧字:枳殼
ここから運河が山に入るまでの両側は、枳殻からたちが連つてゐるので、秋になると、黄色な実が匂を強く放つて私たちを喜ばせた。
琵琶湖 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
……その土橋をわたると、枳殻からたちの長い垣根が始まって、道がすこし登りになりながら、雑木林の中へ入り込んで行く。
仰いで大空を蔽う松葉を眺めると、その間に小さな豆のような小禽がさえずりながら虫をあさっている。豆のような小禽とはいうものの枳殻からたちの実ほどはある。
茸をたずねる (新字新仮名) / 飯田蛇笏(著)
青い枳殻からたちの小枝などまた折りくべて、長い感冒かぜであつたと私が云へば、私もどうやら感冒気かざけでと、妻もわびしい。
観相の秋 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
折から門内に高くそびゆるユーカリ樹の上を行く白い雲が、春近い日光をサッと投げ落して、枳殻からたちの生垣と、その前に立った少年の肩とをまぶしく照し出した。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
「なに、見にいったって、それで出てくるような男じゃない。それよりここに待ってるほうが手間がかからないでいい」と言って枳殻からたちの垣根の下にしゃがんで、小石を拾って
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そういえば、土管おきばのよこの枳殻からたちの木はどうしたかしら。今年も白い花を咲かせるかしら。サンドウィッチは五十銭だそうです。ブッテルブロードさしあげます。ではお大切に。
枳殻からたちの生垣に、烏瓜の赤い実が鮮やかであつた。百舌鳥が栗の梢で、寒空を仰いで激しく友を招んでゐた。武兵衛さんが、曲つた腰を伸して、いつまでも、鳥の声の方を見あげてゐた。
肉桂樹 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
結ひめぐらしたる生垣の穴より、入らんとすれば生憎あやにくに、枳殻からたちの針腹を指すを、かろうじてくぐりつ。声を知るべに忍びよれば。太きえんじゅくくり付けられて、蠢動うごめきゐるは正しくそれなり。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
繁つた枳殻からたちの生垣に沿ひ、二頭立の立派な箱馬車が一台駐つてゐるのを見て、わたくしは目をまろくした。その時分辺鄙な山の手の、このあたりに馬車を見るのは絶えて無かつたことである。
冬の夜がたり (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
江南のたちばなも江北に植えると枳殻からたちとなるという話は古くよりあるが、これは無論の事で、同じ蜜柑の類でも、日本の蜜柑は酸味が多いが、支那の南方の蜜柑は甘味が多いというほどの差がある。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
その台木がよしや柚子ゆずであっても、橙であっても、枳殻からたちであっても、それは深く問うところではない。ひとしく温州うんしゅう蜜柑を以てこれに接木つぎきしたならば、ことごとく温州蜜柑の甘美な果実を結ぶ。
台所に杯盤はいばんの音、戸口に見送りの人声、はや出立いでたたんと吸物の前にすわれば床の間の三宝さんぽう枳殻からたち飾りし親の情先ず有難ありがたく、この枳殻誤って足にかけたれば取りかえてよと云う人の情もうれし。盃一順。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
にがい、にがい枳殻からたちの実
晶子詩篇全集拾遺 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
疏水の両側の角刈にされた枳殻からたちの厚い垣には、黄色な実が成ってその実をもぎ取る手にとげが刺さった。枳殻のまばらなすそから帆をあげた舟の出入する運河の河口が見えたりした。
洋灯 (新字新仮名) / 横光利一(著)
枳殻からたちの垣が黒ずんだ枝の上に、もえるような芽を吹いていたり、柘榴ざくろの枯れた幹から、つやつやしい茶褐色の葉が、柔らかそうに日光を映していたりするのが、道々私の眼を引き付けた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
先刻さしあげた「民族と歴史」の中にも書いてあります通り、枳殻からたちや、柚子や、橙や、いろいろの柑橘類が、みな温州蜜柑うんしゅうみかんの接木によって、ことごとく温州蜜柑うんしゅうみかんになってしまっているのです。
枳殻からたちの生垣をまわした墓石のうしろにしゃがんで息ィついていたら、木津さん、そこへドサドサ入ってきやはって、墓石の向う側に棒立ちになって、大目玉むいてギョロギョロしてはるさかい
猪鹿蝶 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
枳殻からたちにさへ花の咲く
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
彼らは喊声かんせいを上げつつ、領事館めがけて殺到した。窓からさかさまに人が落ちた。と、枳殻からたちの垣の中へ突き刺って、ぶらぶらすると、一転したと思うやいなや、河の中へ転がった。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
始めのうちはさい横町を右へ折れたり左へ曲ったり、濡れた枳殻からたちの垣をのぞいたり、古い椿つばきかぶさっている墓地らしいかまえの前を通ったりしたが、松本の家は容易に見当らなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
枳殻からたちの生垣をまわした墓石のうしろにしゃがんで、息ィついていたら、木津さん、そこへドサドサ入ってきやはって、墓石の向側に棒立ちになって、大目玉むいてギョロギョロしてはるさかい
姦(かしまし) (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「なに、見につたつて、それでる様な男ぢやない。それより此所こゝに待つてる方が手間てまかゝらないでいゝ」と云つて枳殻からたちの垣根のしたしやがんで、小石を拾つて、つちの上へ何かき出した。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ところで、土橋を渡ると、果して、枳殻からたちの垣根が始まった。