敵役かたきやく)” の例文
もしか敵役かたきやくでも出ようものなら熱誠をめた怒罵どばの声が場内に充満いっぱいになる不秩序なにぎやかさが心もおどるように思わせたのに違いない。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「おや、おまへ、まだ、あすこの店へお茶を買ひに行くの」と私はいてみた。「あすこの店はおまへの敵役かたきやくの子供がゐる家ぢやない」
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
主役をつとめるノバリーク兄弟とその敵役かたきやくショーンブルクの相貌そうぼうもこの一種特別な感じを強めるもののように思われた。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「いやよ、わたし、梶原なんか大嫌い。同じ梶原でも、梅ヶ枝の源太なら附合ってもいいけれど、敵役かたきやくの梶原なんて、第一、わたしの柄にないわ」
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
だれがハンスの母の敵役かたきやくに置かれようと、その人間はすぐに悪者にされてしまう。今はそれがKだった。だが、たとえば父親もそうなっていいのだ。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
いたずらにメハリの強い大きな声さえ出せばいゝとする「敵役かたきやく」がいかに「時代」で泥臭くっても、かれのつけた立廻りの手の以前ほどうけなくなり
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
時には敵役かたきやくに廻されたり負け役に廻されたり、あまりよい扱いを受けないのが普通で、子供たちの多くもクサリ鎌使いなぞは好まないのが普通であるし
泣いたり、口説いたり、何のこツたらう。浄瑠璃じやうるりのさはりとなると頭痛がします。しかし、敵役かたきやくの中でも石川五右衛門は甚だ嫌ひですな。熊坂長範の方が好い。
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
アメリカの作家などにさえ最近まで、ドイツ人をわざとらしく敵役かたきやくに回したものが随分あったように思う。
私の要求する探偵小説 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
道場破りの宮本武蔵みやもとむさし来らず、内弟子ばかりに取巻かれて先生々々といはれてゐれば剣術使も楽なもの。但しかういふ先生芝居ではいつも敵役かたきやく華魁おいらんにはもてませぬテ。
小説作法 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
主人の威光を笠に着て、敵役かたきやくらしい赤面あかっつらのその加藤次は権柄声けんぺいごえで、こう女どもを怒鳴りつけた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
だが、芝居でも御覧なさい。花見の場で酔っ払っているような奴は、大抵お腰元なんぞに嫌われる敵役かたきやくで、白塗りの色男はみんな素面しらふですよ。あなたなんぞも二枚目だから、顔を
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ろばは敵役かたきやく老役ふけやくを引きうけた、新ちゃんは母親やお婆さんになった、若くてきれいで人気のある役は手塚が取ったが、ここに一番困ったのは若い娘にふんする女の子がないことである
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
すでに、宋江があやまって殺した女の母親の閻婆えんばは、半年まえに病死していたし、女の情夫の張文遠ちょうぶんえんも、役署のすみにはいたが、街中の反感のなかを、いまさら敵役かたきやくになって出る勇気もない。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
敵役かたきやくは、赤ッ面でなければならないということは知っていた。そこで、赤インキを筆につけて、勇ましく塗りまくったのはいいが、インキというのは、乾いてしまうと、げるものでない。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
客は註文を通したのち横柄おうへいに煙草をふかし始めた。その姿は見れば見るほど、敵役かたきやく寸法すんぽうはまっていた。あぶらぎったあから顔は勿論、大島おおしまの羽織、みとめになる指環ゆびわ、——ことごとく型を出でなかった。
魚河岸 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これが、出尻伝兵衛でっちりでんべえ敵役かたきやく
それにはそういう場合、舞台の役どこの「敵役かたきやく」ということが飛んだかえって愛嬌になった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
水右衛門の方には助太刀の敵役かたきやくがあらわれて来た。これらの人形も三方から兵助を取り囲んで斬り込んでくるので、それを使っている紋作は自分が敵に囲まれているように焦躁いらだってきた。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その野性で醜男ぶおとこな身をもって、高貴の女性をあさったこと、さらには、尊氏に代って、軍政の両方面にわたり、憎まれがちな敵役かたきやくはみなひきうけていたなどに起因するのではあるまいか。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真っ先に開いたは「鏡山かがみやま」で、敵役かたきやく岩藤の憎態にくていで、尾上おのえの寂しい美しさや、甲斐甲斐しいお初の振る舞いに、あるいは怒りあるいは泣きあるいは両手に汗を握り、二番目も済んで中幕となり
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
伝説には三井寺はもっと敵役かたきやくになっているが、さまではと和げて置いた。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
お琴に日本橋を渡らせた当の敵役かたきやくの浅田屋浴平は人に顔を見られるのがいやさに顔を見せませんでしたよ、尤も橋詰の小料理屋を借りて、障子の中から見ているという事だが、金持が金をひけらかすと
外の二人とは、一人は「敵役かたきやく」で売った菱川、一人はかれと同じ三枚目。……といっても、かれにくらべれば芸の幅がやゝ広く、ときには実体じっていな爺さん役なんぞも器用にこなす鷲尾だった。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
四郎の人気はだんだん落ちて、この頃では、白粉おしろいや紅をって田舎芝居いなかしばいで散々愚弄ぐろうされる敵役かたきやくに使われているという風評になった。お蘭は身を切られるように思いながらじっとその噂を聞いた。
みちのく (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
敵役かたきやくと老役を以て知らる。
明治演劇年表 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
敵役かたきやくにも好ければ、実体じったいなものにもよく、時としては三枚目にもよかった。その達者さ、重宝さにおいて、品は落ちるが、また、臭くもあったが、今の村田正雄のような役者であったように思われる。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)