をのゝ)” の例文
旧字:
そしてその興味が、それでもなほ一方に起る恐怖ともつれ合つて彼ををのゝかせてゐた。しかし峠の茶屋にさしかゝつた時彼女は云つた。
何故なぜかそこへ膝をついて、息を切らしながら私の顔を、何か恐ろしいものでも見るやうに、をのゝき/\見上げてゐるのでございます。
地獄変 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
余は答へんとすれど声出でず、膝のしきりにをのゝかれて立つに堪へねば、椅子をつかまんとせしまでは覚えしが、そのまゝに地に倒れぬ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
すなはち一刀の下に首を打落して玄関に上り、物蔭にて打をのゝき給ふ奈美殿の父御を探し出し、やよ。岳父御しうとごよ。よく聞き給へ。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
私は何となしに、大変な大手術でもされるのではないかと恐れをのゝいた。父が帰らずに居て呉れればよかつたと頻りに心細いことが思はれた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
母の、恐ろしい呻り声が美奈子の魂ををのゝかしたが、母の呻き声を聴いた途端に、悪夢はれた。が、不思議に呻き声のみは、尚続いてゐた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
それは丁度ちやうど罪悪の暗い闇夜あんやに辛うじて仏の慈悲の光を保つてゐるやうに、又は恐ろしい心の所有者が闇の中におそをのゝいてゐるかのやうに……。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
その時あちらの隅の方に居た紳士で象皮ざうひ病か何かでおとがひと喉とがこぶで繋がつた男が僕等の横を通つて帰つて行つた。女達は目を下に伏せてをのゝく様な身振をした。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
その上に俯伏うつぶして肩ををのゝかせ、身悶みもだえし乍ら泣き出した。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
赤々あか/\と毒のほめきの恐怖おそれして、ふるをのゝ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
次にわぢ/\とをのゝきが出て来た。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
われはをのゝく身をかゞめて
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
お文伯母が目白を拝んで居た時のおもかげなどが眼について恐しくてならなかつた。私はふるをのゝきながら夜の明けるのを待つた。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
母は、果して一昨日の夜のことを、美奈子の前で話さうとしてゐるのかしら、さう思つただけで、美奈子の心はをのゝいた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
三歳の時、囲炉ゐろりに落ちしとかにて、右の半面焼けたゞれ、ひとへに土塊つちくれの如く、眉千切れ絶え、まなじり白く出で、唇、狼の如く釣り歪みて、鬼とや見えむ。獣とか見む。われと鏡を見て打ちをのゝくばかりなり。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
濃霧のうむはそそぐ……さながらにをのゝく窓は
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
が、をのゝきながら、信一郎と巡査との問答を、身の一大事とばかり、聞耳を澄ましてゐる運転手の、罪を知つた容子を見ると、さう強くも云へなかつた。
真珠夫人 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
そしてその声には、怒るよりもおびえたものの微かなをのゝきがあつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
当時、異国の風物が珍らしいのと、乱世の為め、国民は不安にをのゝいてゐたので、神の愛を説くキリスト教は、吉利支丹キリシタン宗或ひは天主教と云はれて、非常な勢ひで信者を獲得した。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)