もだえ)” の例文
したがって余の意識の内容はただ一色ひといろもだえ塗抹とまつされて、臍上方さいじょうほう三寸さんずんあたりを日夜にうねうね行きつ戻りつするのみであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
田中の顔はにわかに変った。羞恥しゅうちの念と激昂げっこうの情と絶望のもだえとがその胸をいた。かれは言うところを知らなかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
身のめぐりはにはかに寂しくなりぬ。書を讀みても物足らぬ心地して、胸の中には遺るに由なきもだえを覺えき。さて如何いかにしてこれを散ずべき。唯だ音樂あるのみ。
むかし女郎の無心手紙には候かしくの末に都々一なぞ書き添るもの多かりしが、今日大正の手紙には童謡とやら短歌とやら書きつけて性のもだえを告ぐとか聞けり。
桑中喜語 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
すかさず咽喉のどもと突貫つきとほさんとしけれども手先てさきくるひてほゝより口まで斬付きりつけたり源八もだえながら顏を見ればおたかなりしにぞ南無なむ三と蹴倒けたふして其所そこ飛出とびいだつれ七とともあと
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そのきずのある象牙ぞうげの足の下に身を倒して甘いほのおを胸のうちに受けようと思いながら、その胸はあたたまるかわりに冷え切って、くやみもだえや恥のために、身も世もあられぬおもいをしたものが幾人いくたりあった事やら。
あはれ、日は血を吐くもだえあかあかと
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
その感じ、その胸のもだえを3060
片手に余る力を、片手に抜いて、苦しき胸のもだえを人知れぬかたらさんとするなり。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、更に一歩を進めて、あの熱烈なる一封の手紙、陰に陽にその胸のもだえを訴えて、丁度自然の力がこの身を圧迫するかのように、最後の情を伝えて来た時、そのなぞをこの身が解いてらなかった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)