“徴(ちよう)” の例文
翻訳は、僕自身の作品に徴(ちよう)すれば、中々正確に訳してある。その上、地名、官名、道具の名等(とう)には、ちやんと註釈をほどこしてある。
日本小説の支那訳 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
文政十年、愷三十六歳の時嫡男徴(ちよう)が生れた。初の妻宝生氏の出である。此年愷は中風のために右半身不随になり、且一目失明した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
己れの頑剛なる質を和(やは)らげて、優柔なる性情を与ふるもの、即ちこの不完全が多少完全になされし徴(ちよう)なり、これを為すもの恋愛の妙力にあらずして何ぞ。
「歌念仏」を読みて (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
餘震(よしん)の勢力(せいりよく)、或(あるひ)は地震動(ぢしんどう)としての破壞力(はかいりよく)は、最初(さいしよ)の本地震(ほんぢしん)と比較(ひかく)して微小(びしよう)なものでなければならぬ。多(おほ)くの實例(じつれい)に徴(ちよう)するも其最大(そのさいだい)なる場合(ばあひ)でも十分(じゆうぶん)の一(いち)以下(いか)である。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
... さるからに御老職(ごらうしよく)、諸役人(しよやくにん)いづれも方(がた)某(それがし)が言(ことば)に背(そむ)かざるやう御約束(おやくそく)ありたく候(さふらふ)」と憚(はゞか)る處(ところ)も無(な)く申上(まをしあ)ぐれば、御年役(おんとしやく)聞(きこ)し召(め)し、「道理(もつとも)の言條(いひでう)なり」とてすなはち一同(いちどう)に誓文(せいもん)を徴(ちよう)せらる。
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
其の人はこんな風に、それからダンスに関する雑感を僕に徴(ちよう)した。
私の社交ダンス (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
蚤(はや)くより史を編むに志(こころざし)あり、されど書の徴(ちよう)すべきもの罕(まれ)なり。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼(かれ)は是(これ)を自家の経験に徴(ちよう)して争ふべからざる真理と信じた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
寧ろ頗(すこぶ)る熱心に海彼岸の文学の表現法などを自家の薬籠(やくろう)中に収めてゐる。たとへば支考(しかう)の伝へてゐる下の逸話に徴(ちよう)するが好い。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
清川安策孫(そん)は豊後国岡の城主中川氏の医官清川玄道愷(がい)の次男であつた。玄道は蘭門の一人で、其長男が徴(ちよう)、次男が孫である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
是等の動詞の用法は海彼岸の文学の字眼(じがん)から学んだのではないであらうか? 字眼とは一字の工(こう)の為に一句を穎異(えいい)ならしめるものである。例へば下に引用する岑参(しんしん)の一聯に徴(ちよう)するがよい。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
芭蕉はその俳諧の中に屡(しばしば)俗語を用ひてゐる。たとへば下(しも)の句に徴(ちよう)するが好い。
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)