岡持おかもち)” の例文
米友はおかしいと思いながら戸をあけると、いつも来る仕出し屋の女が、丸に山を書いた番傘ばんがさかぶって岡持おかもちを提げて立っています。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その古い溝の石垣のあいだからうなぎが釣れるので、うなぎ屋の印半纏を着た男が小さい岡持おかもちをたずさえて穴釣りをしているのをしばしば見受けた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その間に、古ぼけた木製ベッドや、食卓や、雑多の食器や、罐詰や、蕎麦そば屋の岡持おかもちなどが、滅茶苦茶に放り出してあった。
孤島の鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
魚松のおかみさんは、約束の物を岡持おかもちに入れて、ふたたび路地の侘住居わびずまいを訪れた。けれど、又四郎もお次もいなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女房は豆腐を入れた岡持おかもち番傘ばんがさげて出て往った。主翁はその後姿うしろすがたを見送っていたが、障子しょうじが閉まると舌うちした。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
小僧と同じように塩や、木端こっぱを得意先へ配って歩いた。岡持おかもちを肩へかけて、少しばかりの醤油しょうゆや酒をも持ち廻った。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
くらものはあるまいとてくちぜいねばわがおもしろにひと女房にようぼひようしたてる白痴こけもあり、豆腐おかべかふとて岡持おかもちさげておもていづれば、とほりすがりのわかひとふりかへられて
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
赤ら顔の身体からだの大きい爺さんが一人、よごれきった岡持おかもちを重そうに、よちよち梯子段はしごだんを上って来た。
勲章 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
老人は見栄も外聞もない悦び方で、コールテンの足袋の裏を弾ね上げて受取り、仕出しの岡持おかもちを借りて大事に中へ入れると、潜り戸を開けて盗人のように姿を消した。
家霊 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なぜかというと、小竹さんが食事を持ってくるときは、それを手さげ式の金属製の岡持おかもちに入れて持ってくる。そして牛丸少年の監房の前に止まって、食事をさし入れる。
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
勝手へ行ってみると、かみさんと小僧とはご馳走の支度したくに忙しそうにしていた。和尚さんも時々出て来ていろいろ指揮をする。米ずしの若い衆は岡持おかもちに鯉のあらいを持って来る。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
いいほどに飲んでいるところへ『神田川』から鰻の岡持おかもちがはいる。すっかり元気になって三人かなえになって世間話をしていたが、そのうちにひょろ松は、なにか思い出したように膝を打って
顎十郎捕物帳:20 金鳳釵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
数日前、船頭のもとに、船を用意せしめおきしが、恰も天気好かりければ、大生担いけたご、餌入れ岡持おかもちなどひっさげ、日暮里停車場にっぽりステイチョンより出て立つ。時は、八月の二十八日午后二時という、炎暑真中の時刻なりし。
大利根の大物釣 (新字新仮名) / 石井研堂(著)
お菊さんは耳門くぐりを入ると右の手に持っていた岡持おかもちを左の手に持ちかえて玄関の方を注意した。青ざめたような光が坂の下に見る火のように下に見えていた。
萌黄色の茎 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
高髷たかまげって、岡持おかもちを下げている」
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
岡持おかもちげた女房の体は、勾配こうばいの急な坂をおりて、坂の降り口にあるお寺の石垣に沿うて左へ曲って往った。寺の門口かどぐちにある赤松の幹に、微暗うすぐら門燈もんとうが映って見える。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
稲荷のほこらの傍には岡持おかもちを持った小厮こぞう仮父おやかたらしい肥った男が話していた。
春心 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
女房は暗い方の棚へ岡持おかもちを置きに往った。
黄灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)