外山とやま)” の例文
改札口の所には平井夫婦、外山とやま文学士などと云ふ鏡子の知合しりあひが来て居た、靜の弟子で株式取引所の書記をして居る大塚も来て居た。
帰つてから (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
更科山さらしなやまの月見んとて、かしこにまかり登りけるに、おおいなるいわにかたかけて、ひじれ造りたる堂あり。観音を据えたてまつれり。鏡台とか云う外山とやまに向いて、)
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
英国公使館の籠谷かごたに、精養軒の外山とやま大隈家おおくまけの伊藤、露国公使館の秋山、昆布こんぶスープをこしらえた加藤なんぞという諸氏は各々得意の伎倆ぎりょうを持っていて
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
かの『古今集』の歌の「深山みやまにはあられ降るらし外山とやまなるまさきのかづら色づきにけり」にあるマサキノカズラも
さしずめ附近の、蟹清水かにしみず、北外山とやま、宇田津のあたり、みち、崖、流れを構えて、さくをもうけ、塹壕ざんごうを掘ること。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
厨子王はいぶかりながらついて行く。しばらくして雑木林よりはよほど高い、外山とやまの頂とも言うべき所に来た。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
外山とやま博士一流の「死地に乗入る六百騎」的の書生節しょせいぶしとは違って優艶富麗の七五調をならべた歌らしい歌であったが、世間を動かすほどに注意をかないでしまった。
美妙斎美妙 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
その途中のけわしいのはもちろん覚悟の上である。およそ十里ほども北へたどると、外山とやま村に着く。
くろん坊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
直ぐ傍には外山とやまと云う山があるのであるが、この山への道にはまさきかずらが、一面に生い茂っていて、全くその道を埋めてしまって登るのには少し困難を感ずる様である。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
天王寺を遠く囲繞いにょうして、秋篠あきしのの郷や外山とやまの里や、生駒の嶽や志城津しぎつの浜や、住吉や難波の浦々に——即ち大和、河内、紀伊の、山々谷々浦々に、かがりや松明がおびただしく焚かれ
赤坂城の謀略 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
支那やインドで竜王を拝して雨を乞うたはおもにこれに因ったので、それよりいて諸般の天象を竜の所為しわざとしたのは、例せば『武江年表』に、元文二年四月二十五日外山とやまの辺より竜出て
此処三十里の隔てなれども心かよはずは八重がすみ外山とやまの峰をかくすに似たり、花ちりて青葉の頃までにお縫が手もとにふみ三通、こと細か成けるよし、五月雨さみだれ軒ばに晴れまなく人恋しき折ふし
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しかもその二階は図書室と学長室などがあって、太いズボンをつけた外山とやまさんが、鍵をがちゃつかしながら、よく学長室に出入せられるのを見た。法文の教室は下だけで、間に合うていたのである。
さよしぐれ今は外山とやまやこえつらむ軒端のきばに残る音もまばらに
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
此處こゝ三十へだてなれどもこゝろかよはずは八がすみ外山とやまみねをかくすにたり、はなちりて青葉あをばころまでにおぬひもとにふみつう、ことこまなりけるよし、五月雨さみだれのきばにれまなく人戀ひとこひしきをりふし
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)