“埃(ほこ)” の例文
黄色い埃(ほこ)りですぐ知れた。空地の草ッ原では、はや執行の寸前とみえ、正午(しょううま)ノ刻(こく)の合図を待って、首斬り刀に水を注(そそ)ぐばかりらしい。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近所の自身番まで、繩付の女と大風呂敷包みを持ち込んで、ピシヤリと障子を締めきると、平次は早速、埃(ほこ)りを叩いて見ました。
一日の炎天を草鞋の埃(ほこ)りにまぶれながら歩いてようよう宿屋に着いた時はただ労(つか)れに労れて何も仕事などの出来る者ではない。
徒歩旅行を読む (新字新仮名) / 正岡子規(著)
やがてそれらしい自動車が猛烈な埃(ほこ)りを上げながら飛んで来るのが見え出した。その埃りを避けようとして、私たちは道ばたの草の中へはいった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
切れ長の眼(まな)じりに細い皺を刻んで、じっと立ちどまったまま、埃(ほこ)りを浴びた足もとと、箒をさげてどぎまぎしている老婆の顔とをしずかに見くらべている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そらそやろな。——どうも埃(ほこ)り臭いでな。独り身といふやつは、何としても埃りくさい。何ぼ掃除しても家中が埃り臭い。埃りが有る無いの問題やない、埃りを
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
埃(ほこ)りまみれでよごれているのを、武子さんは猫が好きだったが、震災で焼いてしまったので、その埃りまみれの置物を、かあいい、かあいいと撫(な)で廻していた。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
琴糸は黄色なものと思っていましたのに、ひどく古びて灰色に見えますし、その音もさっぱり立ちません。前を大勢人が通るので、琴の上までひどい埃(ほこ)りです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
鏡の中なる遠柳(とおやなぎ)の枝が風に靡(なび)いて動く間(あいだ)に、忽(たちま)ち銀(しろがね)の光がさして、熱き埃(ほこ)りを薄く揚げ出す。銀の光りは南より北に向って真一文字にシャロットに近付いてくる。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両側には装飾電球の支柱が各戸ごとに並んで、遠い遠い正面には工場の白い門と大きな灰白色の建物ばかりが埃(ほこ)りっぽく見えるだけで、妙に面白くない通りであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
いつも不機嫌でいかつくそびえている煉瓦塀、埃(ほこ)りでしろくなっている塀ぞいのポプラー——。
白い道 (新字新仮名) / 徳永直(著)
ジャンは、もはやお盆の風景、その習俗を、この一時しのぎの活気と騒音と、湿度と暑さと埃(ほこ)りとにばかり占められた広大な都市の中にさがして歩くなどというバカな努力は止めた。
ジャンの新盆 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
埃(ほこ)りつぽくはあるが、晩春の良い日和、背中からホカホカと暖まつて、行樂には申分ありませんが、仕事となると、さう呑氣ではありません。
銭形平次捕物控:274 贋金 (旧字旧仮名) / 野村胡堂(著)
いま、都門を遠く離れるにあたって、どんな御祈願をこめ給うのかと、しばし人霞の上の埃(ほこ)りも沈むかのように見えた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それはこの雅言集覧などにはおよそ収録することのできない、巷の埃(ほこ)り臭い言語だと思った。
仇討たれ戯作 (新字新仮名) / 林不忘(著)
荷馬車はひどい埃(ほこ)りを上げた。それが私の目にはいりそうになった。私は目をつぶりながら
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
青葉がもめて、風がすっと通ってゆき、うすい埃(ほこ)りがたつと、しんとした正午近くは、「稗蒔(ひえま)き」が来る。苗売りが来る、金魚やがくる、風鈴やが来る。ほおずき売りが来る。
六畳の座敷は、畳がほけて、とんと打ったら夜でも埃(ほこ)りが見えそうだ。宮島産の丸盆に薬瓶(くすりびん)と験温器(けんおんき)がいっしょに乗っている。高柳君は演説を聞いて帰ってから、とうとう喀血(かっけつ)してしまった。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わっと、弥次馬は、埃(ほこ)りをあげる。こんな喧嘩は毎日なのだ。だが、今のは酒の上や女沙汰でなく、双方が主名を称(うた)ってやった喧嘩だけに深刻だった。
座敷牢の中は掃除(さうぢ)が屆かないものか、いくらか埃(ほこ)りつぽくなつて居り、雨戸を開けると、頑丈な格子を通して、青葉に漉(こ)された光線が、無氣味な青さを漂はせます。
私はそのおりのきらびやかな服装の集りと、高価な煙草や香料のかおりと、先夜の綾之助へ集った聴衆の埃(ほこ)りっぽさ暗さを思いくらべて、綾之助の人気は堅実なものだと思った。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
私は或る日、同じ村の、おじさんの家へ遊びに行って、その物置小屋に古い空気銃が埃(ほこ)りまみれになっているのを見つけた。私はそれを携えて、近所の雑木林の中へぶらつきにいった。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「まだ巳刻(よつ)前だよ、良い兄さんが髷節(まげぶし)に埃(ほこ)りを附けて歩く時刻ぢやないよ。それに氣組が大變ぢやないか。叔母さんとこの味噌汁(みそしる)や煮豆(にまめ)ぢや、そんな彈(はづ)みがつくわけはねえ」
「旅の埃(ほこ)りとこの汗まみれで、都の人中へ入るのもどうか。全軍へ休めとつたえろ」
埃(ほこ)りだらけになつて、踊り疲れて、まことに散々の體ですが、主人の妹の納(をさめ)が死んだと聽いて、さすがに膽(きも)をつぶしたらしく、ろくに汗も拭はずに離屋に飛び込んで來ました。
難波(なにわ)の葭に、行々子(よしきり)の音(ね)が高い。花はちり、行く春の巷(ちまた)に、埃(ほこ)りが舞って、長い長い甲冑の武者や馬の出陣列に、花つむじが幾つもの小さいつむじを捲き、それが自然の餞別(はなむけ)のように見えた。
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
、一年も経たないうちに忘れて、あんな埃(ほこ)りっ臭い荒っぽい男に惚れるはずはないよ
埃(ほこ)りの上にはどっと見物人の笑い声やら雑言が旋風(つむじ)を描いた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
振り向くと、それは下男の猪之松(ゐのまつ)でした。庭木の手入れで、少し埃(ほこ)りつぽくなつてゐますが、この男もなか/\良い男で、四角な逞(たく)ましい顏にも、昔の美少年の面影が匂ふのでした。
平和の歌声はどよめいて、埃(ほこ)りも瑞気(ずいき)の虹に見えてくる。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
、一年も經たないうちに忘れて、あんな埃(ほこ)りつ臭い荒つぽい男に惚れる筈はないよ