向直むきなお)” の例文
悚然ぞっとして、向直むきなおると、突当つきあたりが、樹の枝からこずえの葉へからんだような石段で、上に、かやぶきの堂の屋根が、目近まぢか一朶いちだの雲かと見える。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そこには大きなひくい机を横にしてこちらへ向直むきなおっていた四十ばかりの日にけてあかい顔の丈夫そうなズクにゅう
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
見れば床の間の前なる一閑張の机に物書きゐる人あり筆をきて此方に向直むきなおらるるに、昨日きのう取次に立出でられし人に瓜二つともいふべきほどよく似たれども
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
ただ俯向うつむいて呼吸いきを呑んでいると、貴婦人はひややかに笑って又彼方あなた向直むきなおるかと思う間もなく、室内は再びくらくなっての姿も消え失せた、夢でない、幻影まぼろしでない
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
つぶやくように云って、高野千之はくるっと向直むきなおり、大股に庭へ下りて行った。
海浜荘の殺人 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
四条派ふうの金屏風きんびょうぶめぐらした中に、鏡台、化粧品置台おきだい丸火鉢まるひばちなどを、後や左右にして、くるりとこっちへ向直むきなおった貞奴は、あの一流のつんと前髪を突上げた束髪で、キチンと着物を着て
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
心ありそうに、そうすると直ぐに身を引いたのが、隔ての葭簀よしずの陰になって、顔を背向そむけもしないで、其処そこ向直むきなおってこっちを見ました。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
君江は薄地の肩掛を取って手に持ったまま、指示さししめされた椅子に腰をかけると、洋装の売卜者はデスクの上によみかけの書物を閉じ廻転椅子のままぐるりとこちらへ向直むきなおって
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
金森村医はいさしの煙草を投げて向直むきなおった。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
親仁おやじはのそりと向直むきなおって、しわだらけの顔に一杯の日当り、桃の花に影がさしたその色に対して、打向うちむかうそのほうの屋根のいらかは、白昼青麦あおむぎあぶる空に高い。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
さるにてもなほものありげにわが顔をみつつくが、ひややかにあざけるが如くにくさげなるぞ腹立はらだたしき。おもしろからぬ町ぞとばかり、足はわれ知らず向直むきなおりて、とぼとぼとまた山あるかたにあるきいだしぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
前垂まえだれを横にねて、ひじ突張つッぱり、ぴたりと膝に手をいて向直むきなおる。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「え!」とあわただしく顔を出して、まともに向直むきなおつて、じつと見て
処方秘箋 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
其から向直むきなおつて、丁寧に辞儀をして
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
百人長は向直むきなおりてそのことばを続けたり。
海城発電 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)