厭気いやけ)” の例文
旧字:厭氣
また自然主義の道徳の弊が顕著になって人心がようやく厭気いやけおそわれるとまた浪漫主義の道徳が反動として起るのは当然の理であります。
文芸と道徳 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
少し厭気いやけがさして来たというようなところに原因がありはせぬか? もしそのようだったら、君はこう周君に言ってやるがいい。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
厭気いやけのさしたのを自覚すると、実験をつづけることが急転直下的きゅうてんちょっかてきにたまらなくいやになりました。忘れもしない九月の七日の夜のことです。
壊れたバリコン (新字新仮名) / 海野十三(著)
「たいへん厭気いやけがさしていられますね。しかしアフリカでは、あなたはやはり無頼漢らと接していられたじゃありませんか。」
今更あの手紙にって飜意ほんいするとも思われないし、又その意志があったとしたら、あんな手紙を貰ったために却って厭気いやけがささないとも限らない
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
庸三は二度と彼女を見舞わない腹で、ぜりふをのこして病室を出た。彼は手術当時の彼女の態度にすっかり厭気いやけが差していた。彼女を憎んでもいた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
見れば見るほど美しいし、こちらの身分を知って、厭気いやけを露骨に見せているのを見ると、ねじくれた恋ごころが、かえってパアッとあおり立てられて来る。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
どの程度のものかわからないけれども、左遷されるほどの道楽と、妻の不貞とで、叔父は世間や人間の裏おもてを知り、都会生活に厭気いやけがさしたであろう。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
このことがありましてから、私は看護婦という職業に厭気いやけがさして、現在の職業に移ったので御座います……
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
化粧の途中でふっと自分の顔に厭気いやけがさして来たが、昔はエハガキにもなったあでやかな美しい自分の姿がまぶたに浮び、きんはひざをまくって、太股ふとももはだをみつめた。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
どうせいつか知れずにはいないけど、少しなずんでから知れてくれればどうにか治まりがつくべいと思ってたに、今知れてみると向うで厭気いやけがさすのも無理はない
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
二度目に苦心して書き上げてみたが、苦心をしただけに、すぐに厭気いやけがさす。なぜというに、小説を書くことは自分の宿志にそむくと思ったからである。そして反省する。
不遜な阿巌あごんという当の法師はもう引っ込んで、他の法師たちの中でげらげら何か笑っているのであったが、道場へ次の相手が出たので振向いた。しかしもう厭気いやけがさしてしまったらしく
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高望王たかもちのおうは、藤原氏の専制に厭気いやけがさし、無位無官のまま空しく世を去った父の真似まねはしたくないといって、臣籍に降下し、中央の乱脈な政治を見限って、専ら、地方で武芸をみがいてきた。
というのは、それに手をつけようとして、すでに書き終った分を読みかえしてみた結果、意に満たない箇所かしょが非常に多く、そのままで稿をつづけることに全く厭気いやけがさして来たからであった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あそこまで見せなければならないこともないのに、フイに人目に立たないほどの厭気いやけで、唾を吐いた。が、すぐにその顔は毒のない、よく芸人にみるうすばかめいた微笑にかえられたのでほっとした。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
せんぶりの千太は、すっかり厭気いやけがさしたと見えて
顎十郎捕物帳:10 野伏大名 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
悪魔はとうから厭気いやけがさしているて。
もう政治に厭気いやけがさして、騒動の害を被らないような仕事を、他人に迷惑をかけても自分は迷惑を受けないような安全な地位を、捜し求めた。
そして誰も好い暮しをしている者はないらしかった。そして一日二日もいると、じき厭気いやけがさして来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
暖簾のれんを垂らした瓦燈口がとうぐちに紅殻塗りの上りがまち、———世話格子ごうしで下手を仕切ったお定まりの舞台装置を見ると、暗くじめじめした下町の臭いに厭気いやけを催したものであったが
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
どうも芝居の真似まねなどをしたり変な声色こわいろを使ったりして厭気いやけのさすものです。
中味と形式 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
このへん芭蕉も、凡兆にやられて、ちょっと厭気いやけがさして来たのか、どうも気乗りがしないようだ。芭蕉は連句に於いて、わがままをする事がしばしばある。まるで、投げてしまう事がある。
天狗 (新字新仮名) / 太宰治(著)
家の中で周囲に起こる悲しい事柄を見て、つくづく厭気いやけを起こさせられてたからだった。——彼女はそのときもなおそれらを失わないでいた……。
ついては何とかしてあの女のお虎子まるを盗み出し、中にしてあるものを見届けてやりたい、そうしたら己も、あんな顔をしてこんなむさい物を出すかと思って、一遍に厭気いやけがさすであろう
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
人をめたようなやってつけ仕事がやがて初まり、ばたばた進行した。手丈夫ということは、趣味の粗悪という意味で充分認められないこともなかったが、形が出来るに従って彼は厭気いやけが差して来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
しかしそれがちょうど人に好かれる事柄だった。かくて彼はわかりやすい言葉で凡俗を相手に書いた。ついにはみずから厭気いやけがさして執筆を断わった。
彼女は夕食の支度したくをした、ガスこんろかアルコールランプかで。オリヴィエはいつも食いたがらなかった。どんな物にも厭気いやけを起こし、なお肉をきらった。
厭気いやけ、疲労、行動や苦痛や醜悪や愚劣や危険や責任にたいする恐れ、また、現今多くのフランス人の誠意を滅ぼしてる、なんの役にたつものかという恐ろしい観念
その気持のうちには、彼の平民的な粗暴さと精神の高潔さとが結び合わされていた。彼は他人の所有である婦人にたいしては、敬虔けいけんな尊敬と肉体的な厭気いやけとをいっしょに感じた。
精神は弱々しくなった気がして、漠然ばくぜんたる悲哀、事物に飽満した倦怠けんたい、自分のなした事柄にたいする厭気いやけ、他の事をなし得るや否やまだ見きわめのつかない不安、などから苦しめられる。