余裕ゆとり)” の例文
旧字:餘裕
余計な文字をもてあそんでいる余裕ゆとりが、まったくありませんから、切迫せっぱ詰まった書き方になって、読みにくいでしょうが勘弁して下さい。
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
猫は別におこる様子もなかった。喧嘩けんかをするところを見たためしもない。ただ、じっとして寝ていた。しかしその寝方にどことなく余裕ゆとりがない。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ほとんどが、火に気をとられて、何を顧みる余裕ゆとりも持たなかったので、若人輩は、難なく花嫁を奪って、土塀の外の濠をもわたってしまった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その働きぶりには以前に比して、いくらか用意とか思慮とかいう余裕ゆとりが出来て来た。小僧を使うこと、仕入や得意を作ることも巧みになった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
這麼事こんなことを考へながら茸を味つてゐると、今日此頃このごろついぞ物を味ひしめるといふ程の余裕ゆとりが無くなつてゐたのに気が付いた。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
と、キァッという悲鳴が闇をつんざいて、それが伸子の声であるのも意識する余裕ゆとりがなく、法水の眼は、たちまち床の一点に釘づけされてしまった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
病身ながら、鶴吉は若い丈けに気を取り直して、前よりも勉強して店をしたが、められるだけの力を籠め切つて余裕ゆとりのない様子が見るにいたましかつた。
お末の死 (新字旧仮名) / 有島武郎(著)
両国の東西橋詰を賑わした、名物の水茶屋も取払われ、月見船はおろか、橋の上から、月を眺めて居るような、心に余裕ゆとりのある人間さえ一人もありません。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
余裕ゆとり——身にも心にも、生れてはじめてといっていい余裕というものが、ようやく春の日を芽吹く枝々のように生じてきた。いう目が、そこにでてきたのだった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
もうこうなると、綾衣も盲目もうもくになった。末のことなどを見透している余裕ゆとりはなかった。その日送りに面白い逢う瀬を重ねているのが、若い二人の楽しい恋のいのちであった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
而して渋くて苦い珈琲末は心の心、霊魂の生地きぢ。匙は感覚。凡て溶かして掻き廻す観相の余裕ゆとりから初めてとりあつめた哀楽のかげひなたが軟かな思の吐息となつてたちのぼる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
またそれを学問的に説明している余裕ゆとりもありませぬが、一言にして真理とは何かといえば、それはつまり、いつ、どこでも、何人も、きっと、そう考えねばならぬもの、それが真理です。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
それは極端だ——よい演劇や、よい写し絵は、われわれの労を慰めた上に、意気を鼓舞し、人間に余裕ゆとりをつけ、世間を賑わすものだから、よい演劇や、写し絵は、進んで歓迎してもよろしい。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
……ただ遊びじゃあ旅銭旅籠銭の余裕ゆとりはなし、ひさしぶりで姉さんの顔は見たし、いいさいわいに来たんだから、どうせ見世ものなら一人でも多く珍らしがらせに、真新しい処で、鏡のから顔を出して
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
わて小山田が討入前といふ大事な晩やのに、ついふらふらと湯女ゆなところた、あの余裕ゆとりのある気持が気に入つてまんね。」
でもそういう余裕ゆとりがあれば誰も好んで、自分の親や子を流しはしませぬ、海嘯というのは寝耳に水で、煙草一服する暇にもう一面大海となるのだから
厄払い (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
なぜ一言ひとことの知らせもなく、東京へ来ているんだろうか? 東京へ来ていながら、知らせてくれもしないのか? もうそんなことは、考える余裕ゆとりもありません。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
そして、仕事はろくにせず、すこし余裕ゆとりがあれば、博奕ばくち、女狂い、喧嘩、手がつけられない人間になった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その時分の彼と今の彼とは色々な点において大分だいぶ変っていた。けれども経済に余裕ゆとりのないのと、遂に何事も仕出かさないのとは、どこまで行っても変りがなさそうに見えた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おそらくはあまりしかつめらしい空気を打ち破って、なんとかそこに余裕ゆとりをつけるつもりが、みんなに起こったのだろうけれども、葉子にとってはそれがそうは響かなかった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
姿見の前に、長椅子ソオフア一脚、広縁だから、十分に余裕ゆとりがある。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それを吟味する余裕ゆとりもないのだった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それだけの工作をする時間的の余裕ゆとりなぞが、妻にはなかったであろうことは明白なことであったし、第一今夢から醒めたように佇んでいるあの冷静な妻の態度
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
豊後守といへば、江戸市中に棄児すてごがあれば、屹度拾つて養育した程の慈悲深い男だつたが、それでも時々は剽軽な悪戯いたづらをして、友達を調弄からかふ程の心の余裕ゆとりは持つてゐた。
旅行をするためには、仕事の余裕ゆとりをつけることが必要であつたけれど、それも当分望めさうもなかつた。彼は体をしひたげてゐることを考へるだけでも、恐ろしいやうな気がしてゐた。
花が咲く (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
遊ぶ時は遊びるのがむしろ男の余裕ゆとりというものではございますまいか。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私達の味覚は嗅覚だの聴覚だのと一緒に漸次だん/″\繊細きやしやに緻密になつて来たに相違ないが、其の一面にはお互の生活に殆どゆつくり物を味ふといふ程の余裕ゆとりが無くなつて、どうかすると刺戟性しげきせいのもので
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
いくらか物を考える心の余裕ゆとりがついて来たのも、一つの原因であろう。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
壺のやうに小さな茶室に有り余るほどゆつたりとした余裕ゆとり沈静おちつきとを与へ、そこにゐる主客いづれもの気持に律動と諧調とを生みつけ、また日毎にめまぐるしくなりゆく現実の生活とは異つた
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
つぼのやうに小さな茶室に有り余るほどゆつたりとした余裕ゆとり沈静おちつきとを与へ、そこにゐる主客いづれもの気持に律動と諧調とを生みつけ、また日ごとにめまぐるしくなりゆく現実の生活とはちがつた
侘助椿 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)