乳母車うばぐるま)” の例文
田舎いなかで生まれた長女は肌理きめこまやかな美くしい子であった。健三はよくその子を乳母車うばぐるまに乗せて町の中をうしろから押して歩いた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
亀池かめいけしたでおじいさんの乳母車うばぐるまいついた。ぼくたちはおじいさんの息子むすこさんにわけをはなして、おじいさんをこちらへけとった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それは老若男女、あらゆる市民の必死のいでたちであった。鍋釜なべかまを満載したリヤカーや、老母を載せた乳母車うばぐるまが、雑沓ざっとうのなかをきわけて行く。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
しかし、いた乳母車うばぐるまつくえとが、いちばんたがいに距離きょりちかかったものだから、はなしもし、またしたしくもしていました。
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
最後にあの乳母車うばぐるま! あれはつい四五日まへから、格子戸かうしどの中にあるやうになつた。見給へ、男女のき物の間におしやぶりも一つ落ちてゐるのを。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また、エイゼンシュテインは港の埠頭ふとうにおける虐殺の残酷さを見せるために、階段をころがり落ちる乳母車うばぐるまを写した。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
夕ぐれ、めっきり水の細った秋の公園の噴水がきりのように淡い水量をき出しているそば子守ナース達は子を乗せた乳母車うばぐるまを押しながら家路いえじに帰って行く。
巴里の秋 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
が、大杉は始終乳母車うばぐるまへ児供を乗せて近所を運動していたから、能く表で出会っては十分十五分の立話しをした。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
やがて向うの灌木の中から背の高い若い外国婦人が乳母車うばぐるまを押しながら私の方へ近づいて来るのを私は認めた。私はちっともその人に見覚えがないように思った。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
木橋の、埃りは終日、沈黙し、ポストは終日赫々あかあかと、風車を付けた乳母車うばぐるま、いつも街上にとまつてゐた。
テケツ・ガールから請負師の二号になり、赤ん坊を大した乳母車うばぐるまに載せて、公園を歩いていたとか。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、おじいさんはかねえたときいった。そして、さわりたいからそばへ乳母車うばぐるまをよせてくれ、といった。ぼくたちは、おじいさんのいうとおりにした。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
そのなかでも乳母車うばぐるまは、ちょうどこしがったおばあさんのように、愚痴ぐちばかりいっているのでした。
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「あの乳母車うばぐるまにのっている写真をお見せしないこと?」
ルウベンスの偽画 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ただ一つこまったことは、乳母車うばぐるまのどこかがわるくなっていて、しているとみぎみぎへとまがっていってしまうことだった。
ごんごろ鐘 (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「ほんとうにかんがえればそうなんですよ。けれど、こうして、じっとしていますと、ついがめいりまして、しかたがないもんですから……。」と、乳母車うばぐるまこたえました。
春さきの古物店 (新字新仮名) / 小川未明(著)
やがて半田はんだまちほうからおばあさんがひとり、乳母車うばぐるましてきました。はなってかえるところでしょう。おばあさんははこをとめて、しばらくふだをながめていました。
牛をつないだ椿の木 (新字新仮名) / 新美南吉(著)