中洲なかす)” の例文
池上は、だいぶ口がほぐれて来たと見え、こんなことをわたくしにしゃべりながら、中洲なかすと呼ばれる向う岸の区域に入って行きました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「言い開きなら、たむろで申せ。なんの覚えもない奴が、なぜ、このような中洲なかすに舟をつなぎ、しかも、ゆうべから人目を避けていたのか」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こゝの大池おおいけ中洲なかすの島に、かりの法壇を設けて、雨を祈ると触れてな。……はかま練衣ねりぎぬ烏帽子えぼし狩衣かりぎぬ白拍子しらびょうしの姿がからう。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
川水は荒神橋の下手ですだれのようになって落ちている。夏草の茂った中洲なかす彼方かなたで、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺鴒せきれいが飛んでいた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
傭人だけでも四十人という中洲なかす亭の大屋台を十九という若さで背負って立ち、土地しまでは、人の使いかたなら中洲亭のお安さんに習えとまでいわれた。
野萩 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その日はおばさんが、中洲なかすの待合の女中をしているその姉のところに頼まれてあった縫物を持って出かけていったので、一人で留守番をさせられている。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
風は無く、空は晴れて、蒙古の沙の世界の事とは全く思はれない程、なごやかに美しい宵である。二つの舫は明浄な水に泛んで静かに私達を河の中洲なかすに送つた。
ただ客を待つ腰掛茶屋こしかけぢゃや毛氈もうせんが木の間にちらつきます。中洲なかすといって、あしだかよしだかの茂った傍を通ります。そろそろ向岸むこうぎし近くなりますと、ごみが沢山流れて来ます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
田辺の弘は中洲なかすの方から、愛子夫婦は根岸の方から、いずれも停車場ステーションまで岸本を見送りに来た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「ほう、ほう、見るに、中洲なかすよしがかくれた。あれ、庭の池で小禽なにか鳴いているわい。」
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
ぼんやり見てゐた私はその時、その中洲なかすの上にふと一つの生き物を発見した。はじめは土塊つちくれだとさへ思はなかつたのだが、のろのろとそれが動きだしたので、気がついたのである。
赤蛙 (新字旧仮名) / 島木健作(著)
砂山のそはが松の根に縦横に縫はれた、殆ど鉛直な、所々中窪なかくぼに崩れた断面になつてゐるので、只はてもない波だけが見えてゐるが、此山と海との間には、一筋の河水と一帯いつたい中洲なかすとがある。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
蜀山人しょくさんじん吟咏ぎんえいのめりやすにそぞろ天明てんめいの昔をしのばせる仮宅かりたく繁昌はんじょうも、今はあしのみ茂る中洲なかすを過ぎ、気味悪く人を呼ぶ船饅頭ふなまんじゅうの声をねぐら定めぬ水禽みずとり鳴音なくねかと怪しみつつ新大橋しんおおはしをもあとにすると
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
中洲なかすの米屋の隠居所へ押込に入って、それだけの金を盗ったはいいが、重いので持つにも困って、女中部屋から餅網を見つけ、そいつへ金を入れて、悠々とかついで来る所を
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さっきは雨脚あめあしが繁くって、まるで、薄墨でいたよう、堤防どてだの、石垣だの、蛇籠じゃかごだの、中洲なかすに草の生えた処だのが、点々ぽっちりぽっちり、あちらこちらに黒ずんでいて、それで湿っぽくって
化鳥 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その辰巳屋たつみやのおひなさんも神田で生れて、吉原の引手茶屋桐佐きりさの養女となり、日本橋区中洲なかすの旗亭辰巳屋おひなとなり、豪極ごうきにきこえた時の顕官山田○○伯をつかみ、一転竹柏園ちくはくえんの女歌人となり
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
中洲なかすになったシテイの島に添うて別れて来る河の水は彼の眼にあった。岸本が訪ねて行こうとする仏蘭西人は巴里の国立図書館の書記で、彼はその人のお母さんから英語で書いた招きの手紙をもらった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「……どうやら、今日の昼食も蜆汁になりそうだの。……いくら蜆が春の季題でも、こう、たてつづけではふせぎがつかねえ……ひとつ、また叔父のところへ出かけて、小遣にありついてくべえか。……中洲なかすの四季庵にごぶさたしてから、もう、久しくなる」
顎十郎捕物帳:03 都鳥 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして、以前の川の中洲なかすへ帰り着くと、そこで初めて
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)