一株ひとかぶ)” の例文
三人組が芋を売りきって引きあげていったあと、源一は一坪の店をまもって、れんげ草とたんぽぽを一株ひとかぶでも売りたいと思い、がんばった。
一坪館 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は挨拶あいさつをして格子こうしの外へ足を踏み出した。玄関と門の間にあるこんもりした木犀もくせい一株ひとかぶが、私の行手ゆくてふさぐように、夜陰やいんのうちに枝を張っていた。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二の橋の日向坂はその麓を流れる新堀川しんほりかわ濁水だくすいとそれにかかった小橋こばしと、ななめに坂を蔽う一株ひとかぶえのきとの配合がおのずから絵になるように甚だ面白く出来ている。
ル・メルキウル・ド・フランスが初号をいちいだせし時も、もとより文壇不遇の士の黄白くわうはくゆたかなる筈なければ、やむ無く一株ひとかぶ六十フランの債券を同人に募りしかど
わがゐたる一株ひとかぶの躑躅のなかより、羽音はおとたかく、虫のつと立ちて頬をかすめしが、かなたに飛びて、およそ五、六尺へだてたるところつぶてのありたるそのわきにとどまりぬ。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうど、国境こっきょうのところには、だれがえたということもなく、一株ひとかぶばらがしげっていました。そのはなには、朝早あさはやくからみつばちがんできてあつまっていました。
野ばら (新字新仮名) / 小川未明(著)
はたけに出てあか実付みつき野茨のばら一枝ひとえだって廊下の釣花瓶つりはないけけ、蕾付つぼみつき白菜はくさい一株ひとかぶって、旅順りょじゅんの記念にもらった砲弾ほうだん信管しんかんのカラを内筒ないとうにした竹の花立はなたてし、食堂の六畳にかざる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
背後うしろには躑躅つつじの花飛び飛びに咲きて、青き草まばらに、やがて堂のうらに達せし時は一株ひとかぶも花のあかきはなくて、たそがれの色、境内けいだい手洗水みたらしのあたりをめたり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
広重が東都名勝の錦絵のうち外桜田の景をても堀端の往来際おうらいぎわには一本の柳とても描かれてはいない。土手を下りた水際みずぎわの柳の井戸の所に唯一株ひとかぶの柳があるばかりである。