“こうざん”のいろいろな漢字の書き方と例文
カタカナ:コウザン
語句割合
高山25.6%
鴻山17.9%
鉱山15.4%
江山15.4%
礦山7.7%
衡山5.1%
甲山5.1%
後山2.6%
晃山2.6%
鑛山2.6%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
高山こうざんを一つえて、もうやがてこうにうみえようとするころでありました。かもめは、一のからすにあいました。
馬を殺したからす (新字新仮名) / 小川未明(著)
小布施おぶせの高井鴻山こうざんだの、松代の佐久間象山しょうざんだの、幾たびもせがんで来たが一度も見せやせん。——それとなく、早く取り戻せよ、よいか
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは白とねずみいろのしまのある大理石だいりせき上流じょうりゅうに家のないそのきれいなながれがざあざあったりごぼごぼいたりした。嘉吉かきちはすぐ川下かわしもに見える鉱山こうざんの方を見た。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
江山こうざん洵美じゅんびこれ吾郷わがきょう」〔大槻盤渓おおつきばんけい〕と、身世しんせい誰か吾郷の洵美を謂はざる者ある、青ヶ島や、南洋浩渺こうびょうの間なる一頃の噴火島、爆然轟裂、火光煽々、天日を焼き、石を降らし、灰を散じ
小さな島でありますが、産業は水産と礦山こうざんとに集められ、また牧牛でその名を得ました。あるいはそこの「おけさ節」で、もっと広く知られているかも知れません。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
十一年てんに至りて還り、十二年易数を学びたもう。このとし永楽帝また塞外さくがいで、瓦剌オイラトを征したもう。皇太孫九龍口きゅうりゅうこうおいて危難に臨む。十三年建文帝衡山こうざんに遊ばせたもう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして、かつて軍神いくさがみ信玄しんげんが、甲山こうざんの兵をあげて、梟雄きょうゆう家康いえやすへ、乾坤けんこんてき血戦けっせんをいどんだ三方みかたはら
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
力なき日はいつしか光り薄れて時雨空の雲の往来ゆきき定めなく、後山こうざん晴るゝと見れば前山忽まちに曇り、嵐にられ霧にへられて、九折つゞらなるそばを伝ひ、過ぎ来し方さへ失ふ頃
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
わたくしの経目したものを挙ぐれば、嘉永二年刊刻の『雲如山人集』七絶の部及び七律の部二巻。嘉永三年の『墨水四時雑詠』一巻。安政三年に刻せられた『晃山こうざん遊草』一巻。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
この博物館はくぶつかんには電車でんしやのことでも、汽車きしやのことでも、飛行機ひこうきのことでも、潜水艦せんすいかんのことでも、らぢおのことでも、また鑛山こうざんのこと、印刷いんさつのこと
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)