趺坐ふざ)” の例文
その大いなる趺坐ふざ僧の姿は、山寨さんさいを構へて妖術を使ふ蝦蟇のやうに物々しく取澄して、とりつく島もない思ひをさせた。
閑山 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
やがて、近づく道誉の姿を見つけると、具行は、青芒あおすすきそよぎの中で、ただ一つのそよがない趺坐ふざ石仏せきぶつのごとく、硬直して、きっと相手をにらまえていた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はた袈裟けさつたかづらをけて、はち月影つきかげかゆけ、たなそこきりむすんで、寂然じやくぜんとしてち、また趺坐ふざなされた。
深川浅景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
自分は小山から小山の間へと縫ふやうに通じて居る路をあへぎ/\伝つて行くので、前には僧侶の趺坐ふざしたやうな山があゐとかしたやうな空に巍然ぎぜんとしてそびえて居て
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
鉄鉢てっぱつを両手で捧げた者、猛虎を足に踏まえた者、香炉に向かって坐っている者、合掌し結跏けっか趺坐ふざしている者、そうして雲竜にしている者……千態万状の羅漢の像が
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
今宵は夜すがら此御堂の片隅になり趺坐ふざなして、暁天あかつきがたに猶一度誦経しまゐらせて、扨其後香華をも浄水をも供じて罷らめと、西行やがて三拝して御仏の御前を少し退すさ
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
丁度その時、辮髪の支那兵たちは、物悲しく憂鬱な姿をしながら、地面に趺坐ふざして閑雅な支那の賭博ばくちをしていた。しがない日傭人ひようとりの兵隊たちは、戦争よりも飢餓を恐れて、獣のように悲しんでいた。
いつか堂の欄間らんまに朝の陽の刎ね返りが映していた。尊氏はやっと、趺坐ふざをかえて、頼春をふりむいた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
趺坐ふざの和尚に微動もなく、返事もなかった。四たび、五たび、訪客は次第に声を高らかにして、同じ訪いを繰返したが、さながら木像に物言う如く、さらに手応てごたえの気配がなかった。
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
つかうへ趺坐ふざして打傾うちかたむいて頬杖ほゝづゑをした、如意輪によいりん石像せきざうがあつた。とのたよりのない土器色かはらけいろつきは、ぶらりとさがつて、ほとけほゝ片々かた/\らして、木蓮もくれんはな手向たむけたやうなかげした。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
そして一脚の机を前にした白衣すがたは、さながら趺坐ふざの行者のようにみえる。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
甲板デツキ片隅かたすみ寂寞じやくまくとして、死灰しくわいごと趺坐ふざせり。
旅僧 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
一点の御灯みあかし霊壇れいだんの奥に仰ぐ。——範宴は、ここに趺坐ふざすると、弱い心も、強い心も、すべてのが溶けてくるのを感じる。そして肉体を忘れる。在るのは生れながらの魂のみであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
遠い昔、求道の行者が、趺坐ふざしていた跡かのような所も見える。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)