おお)” の例文
この内子は、あるていど以上成熟すると、粒の存在がわかる程度に成長して、甲羅の裏についているおおいぶたの中にたくわえられる。
母性愛の蟹 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
三歳のわが愛子をして、その猛獣の耳をぐいと引っぱらせて大笑いしている図にいたっては、戦慄せんりつ、眼をおおわざるを得ないのである。
同じ人間の必要をおおふてゐると云ふのである、大抵の通俗観念と同様にこれも亦事実に基かないで、迷信に基いてゐるのである。
結婚と恋愛 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
しかしながらかんおおうて名すなわち定まるで、いわゆる明治文壇における子規子の価値は、吾々の云々をまって知るを要せぬことになりました。
子規と和歌 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
などと江戸前の好もしくも風流なわが退屈男は、胆力すでに京一円をおおい、気概また都八条を圧するの趣きがありました。
金屏風を立て、畳を二畳裏返した上に、蒲団を敷き、その上に、舶来の毛氈と、その上をおおうて白布とが敷かれてあった。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
右の無名指に二個ふたつめたる宝石入の指環ゆびわみて、あっと口をおおえるとたん、指よりれて鮮血なまちたらたら、舌を切りぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
棺をおおうて定まる批評は燦爛さんらんたる勲章よりもヨリ以上に沼南の一生の政治的功績を顕揚するに足るものがあった。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
われに罪人あり、捉えて釜煮して、これをおおわしめ、人をして守禦しゅぎょせしむ。ないし煮死するにたましいの出ずるを見ざるゆえに、死して神なきことを知るなり。
通俗講義 霊魂不滅論 (新字新仮名) / 井上円了(著)
掘ると、洞窟の屋根にある穴をおおう何本かの丸太が現れた。路のはるか上方で溝を堰き、水を急な土手越しに流すようにした。穴は直径二フィート位しか無い。
性行にも音楽にも、生ける時も、かんおおうても、崇拝者と勁敵けいてきとの多いワグナーではあったが、そのあゆみは巨人的でその音楽の後世への影響の深甚しんじんさは否むべくもない。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
しかもその英才は世をおおい、諸民の慕うこと、水に添うて魚の遊ぶが如きものがある。勝敗は兵家のつね、事成らぬも天命です。いずくんぞ下輩曹操ごときに降りましょうや。
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
『野語』の文は〈野婆は南丹州にづ、黄髪椎髻ついけい、裸形跣足せんそく、儼然として一媼のごときなり、群雌牡なく、山谷を上下すること飛猱ひどう(猴の一種)のごとし、腰より已下皮あり膝をおお
黒い布で電燈をおおい物音をしのび乍ら、松枝はその夜、夜明しで仕事をした。
鋳物工場 (新字新仮名) / 戸田豊子(著)
我の肺は万丈の頂巓にあるも我に疲労を感ぜしめず、我むる時は英気我に溢れて快を絶呼せしめ、我の床に就くや熟睡ただちに来て無感覚なること丸太のごとし、山を抜くの力、世をおおうの気
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
七十一 雲は暗く暗く天をおおい、雨は強く強く地上の廃残をたたいた。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
ここおいテ項王すなわチ悲歌慷慨こうがいシ自ラ詩ヲつくリテいわク「力山ヲ抜キ気世ヲおおフ、時利アラズ騅カズ、騅逝カズ奈何いかんスベキ、虞ヤ虞ヤなんじ奈何いかニセン」ト。歌フコト数けつ、美人之ニ和ス。項王なみだ数行下ル。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
アルミニュームの支柱をおおうていて、その眼は、廻転をするし、その眼瞼は開閉するし、口、それから発音、歩行、物の把握——それらの動作は、殆ど人間とちがわなかった。
ロボットとベッドの重量 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
の調子で、とぼけ切らなければならぬ、とも思うのだが、私ははなはだ不器用で、うまく感情をおおい隠すことが出来ないたちなのである。うれしい事が在ると、つい、にこにこしてしまう。
作家の像 (新字新仮名) / 太宰治(著)
俗伝にはかの時ぶつ竜王が己れをおおいくれたをよろこび、礼に何を遣ろうかと問うと、われら竜族は常に金翅鳥こんじちょうに食わるるから、以後食われぬようにと答え、仏すなわち彼の背に印を付けたので
袖でおおうて、立上った。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)