絹帽シルクハット)” の例文
黒塗くろぬりのランドーのおおいを、秋の日の暖かきに、払い退けた、中には絹帽シルクハットが一つ、美しいくれないの日傘ひがさが一つ見えながら、両人の前を通り過ぎる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
絹帽シルクハットに星のついたのを冠っている老翁の寝部屋に一つの尾長猿が這入って来ているところが先ず画いてある。
ドナウ源流行 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
多くの文人中には大臣の園遊会に招かれて絹帽シルクハットを被って出掛けるものも一人や二人あるようになったのは、文人の社会的位置が昔から比べて重くなった証拠であるが
ベヤテンベルクの斜面は、草原か、斜めに浴びた月光に、絹帽シルクハットを逆か撫でしたような光沢がある。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
私等あっしらの馬車に乗っている黒い頬鬚ほおひげはやした絹帽シルクハットの馭者がチョットむちを揚げて合図みたいな真似をすると、どの巡査もどの巡査も直ぐにクルリと向うを向いて行っちまったんです。
人間腸詰 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
緑ばんだ金色の夕映ゆうばえの名残を背景にして黒い人間の姿が影絵のように立っているのを彼は見た。妙な絹帽シルクハットをかぶった男で肩に大きなすきを担いでいる。その取合せが妙にかの寺男てらおとこを思わせた。
絹帽シルクハットつぶしたような帽子をかぶって美術学校の生徒のような服をまとうている。太いそでの先をくくって腰のところを帯でしめている。服にも模様がある。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
徳市はフロックコートに絹帽シルクハットを冠って花束を持って楽屋に待っていた。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
けれどもちょっと敷居際しきいぎわにとまるだけでけっして中へは這入はいらなかった。「仕度したくはまだか」とも催促しなかった。彼はフロックに絹帽シルクハットかぶっていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行きがけに気のつかなかったその精養軒の入口は、五色の旗で隙間すきまなく飾られた綱を、いつの間にか縦横に渡して、絹帽シルクハットの客をはなやかに迎えていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あとから、脳巓のうてん禿げた大男が絹帽シルクハットを大事そうに抱えて身を横にして女につきながら、二人をり抜ける。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は絹帽シルクハットにフロックコートで勇ましく官邸の石門せきもんを出て行く細君の父の姿を鮮やかに思い浮べた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
誠吾と代助は申し合せた様に、白い手巾ハンケチを出して額をいた。両人ふたり共重い絹帽シルクハットかぶっている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私の立居たちいが自由になると、黒枠くろわくのついた摺物すりものが、時々私の机の上に載せられる。私は運命を苦笑する人のごとく、絹帽シルクハットなどをかぶって、葬式の供に立つ、くるまって斎場さいじょうけつける。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は男のあとを見え隠れにここまでいて来て、また見たくもない唐物屋の店先に飾ってある新柄しんがら襟飾ネクタイだの、絹帽シルクハットだの、かわじま膝掛ひざかけだのをのぞき込みながら、こう遠慮をするようでは
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
行列の中にはあや絹帽シルクハット阿弥陀あみだかぶって、耳の御蔭で目隠しの難をめているのもある。仙台平せんだいひらを窮屈そうに穿いて七子ななこの紋付を人の着物のようにいじろじろながめているのもある。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのそば絹帽シルクハットが二つ並んで、その一つには葉巻のけむりが輪になってたなびいている。向うの隅に白襟しろえりの細君がひんのよい五十恰好かっこうの婦人と、きの人には聞えぬほどな低い声で何事か耳語ささやいている。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
黒くなった床柱のわきの違い棚に、絹帽シルクハットを引繰返しに、二つ並べて置いて見て、代助は妙だなと云った。しかし明け放した二階の間に、たった二人で胡坐あぐらをかいているのは、園遊会より却て楽であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
絹帽シルクハットで鰻屋へ行くのは始めてだな」と代助は逡巡しゅんじゅんした。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)