絆纏はんてん)” の例文
白けた絆纏はんてんの浮浪者が出て——「爺さん、しつかりせえよ」と声をかけて片足をかつぎ、黒い布被ぬのおほひのある車へ載せるのであつた。
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
這入ろうと思って片足高い処に踏み掛けたが、丁度出入口の処に絆纏はんてんを着た若い男が腕組をして立っていて、屹然きつぜんとして動かない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
妻は絆纏はんてんを脱ぎ、その上に仰臥する。看護婦が赤い布で妻の目を覆い、その腕に注射を打つ。私は妻の絆纏を抱え、その側に立っている。
澪標 (新字新仮名) / 外村繁(著)
膝ッぷしひじもムキ出しになっている絆纏はんてんみたようなものを着て、極〻ごくごく小さな笠をかぶって、やや仰いでいる様子は何ともいえない無邪気なもので
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
四、五日前には三条の河道屋というそばやに手伝いに行き、粗末な黒木綿の絆纏はんてんを着て朝から夜の七時まで働きました。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかもそれが済むと、自分も、絆纏はんてんに後ろ鉢捲はちまきをして、いけはたから湯島ゆしま辺にかけて配達してまわるのだった。何だかえたいの知れない男だと私は思った。
「時に、お前のその絆纏はんてんに染めてある仮名文字は、そりゃ何じゃ。さっきから、読み砕こうと思って再三苦心したが、どうもわからねえ、何のおまじないだい」
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
絆纏はんてんのほか羽織はおりなぞは着ず伝法でんぽうなる好みにて中には半元服はんげんぷくの凄き手取りもありと聞きしが今は鼻唄の代りに唱歌唄ふ田舎いなかの女多くなりて唯わけもなく勤めすますを
葡萄棚 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
「私が振袖にすがりつくと、それをパッと脱ぎ捨てて、用意の絆纏はんてん頬冠ほほかむりをして外に飛び出しました。お乳と胸毛と——そんなものを皆んな見てしまったんですもの」
銭形平次捕物控:239 群盗 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
赤い蹴出けだしやら、大縞の絆纏はんてんやら、時計の鎖をからませた縮緬ちりめんのへこ帯やら、赤鼻緒の黒塗り下駄げたやら、ぞろぞろとその細い畠道には、人が続いて、その向こうの林の中に巡査の制服が見え
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
お糸というあやしげな欠込女かけこみおんなが押原右内の娘と偽って寝所の裀褥おしとねへ入り込み、薄毛の鬢を片はずしに結い、大模様の裲襠うちかけ絆纏はんてんのように着崩す飛んだ御中﨟ちゅうろうぶりで、呼出し茶屋の女房やら
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ある夜、神田柳原河岸の米屋、村勝というじいさんにつれられて、唐桟とうざん絆纏はんてんを着て手拭てぬぐいの吉原かむり、枝豆や里芋のかごを包んだ小風呂敷を肩にむすんで、すっと這入はいって来たのが秀造さんだという。
藪は随分しげつてゐるが、雨はどしどし漏つて来る。八は絆纏はんてんのぴつたりはだ引附ひつついた上を雨にたたかれて、いやな心持がする。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
絆纏はんてんにゲートルを巻いて、何か知らぬが大きな風呂敷包を腰にくくりつけたのや、眼脂めやに眼蓋まぶたのくつつきさうになり、着物の黒襟が汚れてピカピカに光つてゐる女やら
釜ヶ崎 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
五分月代ごぶさかやき唐桟とうざんの襟附の絆纏はんてんを引っかけて、ちょっと音羽屋おとわやの鼠小僧といったような気取り方で、多少の凄味をかせて、がんりきの百蔵が現われることを期待していると、意外にも
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
紺とはいえど汗にめ風にかわりて異な色になりし上、幾たびか洗いすすがれたるためそれとしも見えず、えり記印しるしの字さえおぼろげとなりし絆纏はんてんを着て、補綴つぎのあたりし古股引ふるももひきをはきたる男の
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「呆れた野郎だ、その絆纏はんてんを脱ぎな」
大江戸黄金狂 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
左官の八は、裏を返して縫ひ直して、つぎの上に継を当てた絆纏はんてんを着て、千駄せんだの停車場わきの坂の下に、改札口からさすあかりを浴びてぼんやり立つてゐた。午後八時頃でもあつたらう。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
お角が柳橋の袂まで来ると、頬冠ほおかぶりをして、襟のかかった絆纏はんてんを着た遊び人ていの男が、横合いから、ひょいと出て来て、いきなり、お角の差している傘の中へ飛び込んだから、お角も驚きました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
絆纏はんてんを着た職人が二人きれぎれな話をして通る。息が白く見える。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)