紺暖簾こんのれん)” の例文
紺暖簾こんのれんを深々と掛け連ねて、近頃出來乍ら、當時江戸中に響いた『唐花屋たうばなや』といふ化粧品屋、何の氣もなく表へ出した金看板を讀むと
色の褪めた紺暖簾こんのれんの古びと、宵々毎に透きなく立ちならぶ、古道具だの日用品だのの露店にまじっての、すしやの屋台、天麩羅の屋台
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
空駕籠をかついで仲町なかまちから飯倉片町いいぐらかたまちのほうへやって来ると、おかめ団子だんごのすじかいに、紺暖簾こんのれんに『どぜう汁』と白抜にした、名代の泥鰌屋。
蠣殻かきがら町二丁目の家から水天宮裏の有馬学校へ通って居た時分———人形町通りの空が霞んで、軒並の商家あきうどや紺暖簾こんのれんにぽか/\と日があたって
少年 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
直樹の父親の旦那だんなは、伝馬町てんまちょうの「大将」と言って、紺暖簾こんのれんの影で采配さいはいを振るような人であったが、その「大将」が自然と実の旦那でもあった。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
のみならずまだ新しい紺暖簾こんのれんの紋もじゃだった。僕らは時々この店へ主人の清正をのぞきに行った。清正は短い顋髯あごひげやし、金槌かなづちかんなを使っていた。
追憶 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かつ散るくれないなびいたのは、夫人のつまと軒のたいで、鯛は恵比寿えびす引抱ひっかかえた処の絵を、色はせたが紺暖簾こんのれんに染めて掛けた、一軒(御染物処おんそめものどころ)があったのである。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
本所二つ目の小間物屋善兵衛は、ついこの頃、紺暖簾こんのれんをここにけたばかりの小さい店だった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
店屋つづきの紺暖簾こんのれん陽炎かげろうがゆらいで、赤蜻蛉あかとんぼでも迷い出そうな季節はずれの陽気。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
藁葺わらぶきの古びたる二重家体。破れたる壁に舞楽の面などをかけ、正面に紺暖簾こんのれんの出入口あり。下手に炉を切りて、素焼の土瓶どびんなどかけたり。庭の入口は竹にて編みたる門、外には柳の大樹。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こたえながら葉子は初めてのようにあたりを見た。そこには紺暖簾こんのれんを所せまくかけ渡した紙屋の小店があった。葉子は取りあえずそこにはいって、人目を避けながら顔を洗わしてもらおうとした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
酒は自分では飲まないが、心易こころやすい友達に飲ませるときは、すきな饂飩を買わせる。これも焼芋の釜の据えてある角から二三軒目で、色のめた紺暖簾こんのれんに、文六と染め抜いてある家へ買いにるのである。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
舞の手を師のほめたりと紺暖簾こんのれん入りて母見し日もわすれめや
舞姫 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
馬場裏を出はずれて、三の門という古い城門のみが残った大手の通へ出ると、紺暖簾こんのれんを軒先に掛けた染物屋の人達が居る。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
吉良家の裏門前にある小間物屋の店には、もうあのなつかしい紺暖簾こんのれんは見えなかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家なみのひさし紺暖簾こんのれんに飛びちがえるつばくろの腹が、花ぐもりの空から落ちる九つどきのざしを切って、白く飜えるのを夢みるような眼で、女は下からながめて行った。これも祭の景物であろう。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
目白坂の降口おりくちに、紺暖簾こんのれんを深々と掛け連ねて、近頃出来ながら、当時江戸中に響いた「唐花屋からはなや」という化粧品屋、何の気もなく表へ出した金看板を読むと、一枚は「——おん薬園へちまの水——」
日に光るいらか、黒い蔵造りの家々、古い新しい紺暖簾こんのれんは行く先に見られる。その辺は大勝の店のあるあたりに近い。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
というのは、何不自由もない父の全盛期であったのに、家に大工が入って、表門も玄関も改造しはじめ、ぼくの家はとつぜん“みどり屋”という紺暖簾こんのれんを掛けた雑貨店に変り出したのである。
伊勢屋とした紺暖簾こんのれんの見える麩屋町のあたりは静かな時だ。正香らが店の入り口の腰高な障子をあけて訪れると、左方の帳場格子ちょうばごうしのところにただ一人留守居顔な亭主を見つけた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
軒の紺暖簾こんのれんおろされてから間もない宵のうち。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)