ぜん)” の例文
旧字:
「ええ、ええ、一目で覚えてしまいましたわ。名前からして、ぜんぼうさんみたいで、変わっていたからでもありましょうけれど。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
これも並ならぬ風懐ふうかいだしお覚悟である。結果的に、帝にとって百余日の八寒はちかんの獄が、いやおうなしの、ぜんゆかになっていたともいえようか。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その菖蒲模様を背景にぜんつとめの鳴物、引抜きで浅黄の襦袢ひとつになって圓朝は、ものの見事な立廻りを見せた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
わッという掛け声のうちに、賑かな下座げざが入る。三味線、太鼓、小鼓、それに木魚がつれて、ぜんのつとめの合方あいかた
顎十郎捕物帳:15 日高川 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
つまり、魚心堂先生の釣りは、先生の哲学てつがくであり、ぜんであり、思索しさくであり、生活である——こういうやかましいいわれから来て、魚心堂先生の名もある訳……。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「いや、なになに、それ程でもない。近頃年を取ったか、とんと気が短うなってのうぜん修行代しゅぎょうがわりにと、かようないたずらを始めたのじゃ。時に江戸も御繁昌かな」
行年ぎょうねんその時六十歳を、三つと刻んだはおかしいが、数え年のサバをんで、私が代理に宿帳をつける時は、天地人とか何んとか言って、ぜんの問答をするように、指を三本
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
余はその時に心からうれしく感じた。世の中にこんな洒落しゃらくな人があって、こんな洒落に、人を取り扱ってくれたかと思うと、何となく気分が晴々せいせいした。ぜんを心得ていたからと云う訳ではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぜんか、法華ほっけか、それともまた浄土じょうどか、なににもせよ釈迦しゃかの教である。ある仏蘭西フランスのジェスウイットによれば、天性奸智かんちに富んだ釈迦は、支那シナ各地を遊歴しながら、阿弥陀あみだと称する仏の道を説いた。
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と立ちどころに、大事小事を、行く水のごとく処理してしまうというような習性は——習性というよりは、ひとつのぜんである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それはそうと、荒田さんは、このごろはぜんのほうはいかがです。相変わらずおやりになっていらっしゃいますか。」
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
一体ぜんとかぶつとか云って騒ぎ立てる連中ほどあやしいのはないぜ
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ぜんをやってみて、禅門の名僧智識などに見参してみても、よくそういう失望に会う。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嘘とたら、この世はないからな。——いや御主君に一命をさし上げている侍奉公の身には、かりそめにも虚無観があってはなるまい。わしのぜんは、ゆえに、活禅かつぜんだ。娑婆しゃば禅だ、地獄禅だ。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、いくら大胆だいたんな忍剣でも、この深岳しんがくきりにふかれて、二十一日間も飲まずわずで、そのままそうしておられるであろうか。心はぜんって、えるとしても、人間の肉体にくたいがもつだろうか。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぜんにすわる心地になる」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)