矜持きょうじ)” の例文
やはり、人間は人間であろうとして、依然、畜生以上を矜持きょうじしている人間もある。当然、ふたいろの人種が、二潮流をここに作った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ティボー自身は必ずしもこれに矜持きょうじを有することなく、バッハの『協奏曲=ホ長調』のごときは、日本におけるプログラムに載せながら
それから毎朝彼は再びパンを得ることに従事する。そして彼の手がパンを得つつある間に、彼の背骨は矜持きょうじを得、彼の頭脳は思想を得る。
実際かれはわが父をゆいつの矜持きょうじとしていたが、いまやそれらの尊敬や信仰や矜持きょうじは卒然としてすべて胸の中から消え失せた。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
クリストフは彼女からなんらの知らせも受けなかったけれど、鋭くなった直覚力で遠くからそれを感じた。彼女は矜持きょうじのうちに意地張っていた。
論理によって懐疑が出てくるのでなく、懐疑から論理が求められてくるのである。かように論理を求めるところに知性の矜持きょうじがあり、自己尊重がある。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
矜持きょうじと自信は一刻ましに彼の内部で生長して、次の瞬間には、まるで以前と違った別の人間になってしまった。
だが彼女の家柄にたいする矜持きょうじはとうとう彼女に彼をすてさせて、かなり有名な銀行家で外交官であるルネル氏という男と結婚することを決心させたのであった。
いじらしい愉悦と矜持きょうじとを抱いて、余念もなしに碩学せきがくの講義を聴いたり、豊富な図書館に入ったり
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
お互が対等であって互に尊敬し合うことのできる矜持きょうじということが重要な契機であるから、奴隷や暴君が真の友情をもち得ないということの強調としていられるのであった。
異性の間の友情 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
応酬の内容が次第に一そう深く民族的矜持きょうじにふれる主題にまで発展して行つたらしいことは、まだ台湾語をほとんど解するに至らない少年の耳にも、はつきり推測がついた。
少年 (新字旧仮名) / 神西清(著)
獅子をもたおす白光鋭利のきばを持ちながら、懶惰らんだ無頼ぶらいの腐りはてたいやしい根性をはばからず発揮し、一片の矜持きょうじなく、てもなく人間界に屈服し、隷属れいぞくし、同族互いに敵視して
弟子に対する師の矜持きょうじは多少の言葉に残つてゐたが、それはむしろ不自然で、岡本自身がそれに気付いてまごつくほどになつてゐた。年下の男が年上の女に媚びる態度であつた。
女体 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
が、前者は家が乱れはせぬかといふ打算的杞憂きゆうから、後者は、例の彼の矜持きょうじが、彼を逐々、何の間違ひもないうちに引きとめた。お作は、倉のみすぼらしい米搗こめつき男の娘であつた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
が、一面から見れば得意時代であったが、その得意というは周囲及び社会を白眼傲睨ごうげいする意気であって、境遇上の満足でもまた精神上の安心でもまた思想上の矜持きょうじでもなかった。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
這い伏して助命じょめいを乞うだろうか。あるいは一身の矜持きょうじを賭けて、戦うだろうか。それは、その瞬間にのみ、判ることであった。三十年の探究も、此の瞬間に明白になるであろう。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
然レドモ九皐詩文ヲ以テ高ク自ラ矜持きょうじシ世ニルコトヲ欲セズ。今四十ヲ過ギテナホ坎壈かんらんヲ抱ク。コレラノ作アル所以ゆえんナリ。方今在位ノ人真才ヲ荒烟寂寞こうえんじゃくまくノ郷ニ取ラズ。ああ惜ムベキかな
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
当時日本にも相当矜持きょうじが出来て、留学生がドイツのドクトルを取って来る必要はないといった時勢になっていたから、私もその論文を持って帰って、これを以って学位を頂戴したわけだが
回顧と展望 (新字新仮名) / 高木貞治(著)
要するに自分だって歴とした一人前だという矜持きょうじを持っているからね。
親方コブセ (新字新仮名) / 金史良(著)
無頼な、恥も矜持きょうじもうけつけない、腐敗したような性格を作り、しまいには、この男に犯罪までも犯させると——早苗は、父の幻と重ねるようにして、今が、のがしてはならぬ復讐の時機だと考えた。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それに沖縄の方々が、沖縄人たることの矜持きょうじの念を失われぬようにすることであります。卓越した文化を持っていた歴史的自負を失わないことであります。沖縄に生を受けたことへの誇りであります。
沖縄の思い出 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
矜持きょうじ、独立、自然に対する趣味、日々の物質的活動の欠除、自分のうちに引きこもった生活、貞節な心のひそかな争闘、万物に対するやさしい恍惚こうこつ
その矜持きょうじを保っているつもりなのへ、他の意志をもって水を割られると、甚だその節度が持ち難くなるらしかった。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところがクリストフは、シドニーの一徹な正直さを見て驚いた。それは道徳の事柄ではなかった。本能と矜持きょうじとの事柄だった。彼女は貴族的な自尊心をもっていた。
こうした矜持きょうじと虚栄の発作は、時おり非常に貧しい、生活に打ちのめされた人々をも訪れて、どうかするといらだたしい、矢もたてもたまらぬ要求に変じるものである。
ピンポン大学の学生であるという矜持きょうじが、その不思議の現象の一誘因となって居るのである。伝統とは、自信の歴史であり、日々の自恃じじの堆積である。日本の誇りは、天皇である。
古典竜頭蛇尾 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一方に肉体的の生長とともに高まつて来た少女風の矜持きょうじと合体して、真弓の裡に或る気品に富んだ、とはいへ少しは我ままに失した所もないではない人生観を育てるに役立つたのであつた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
驚くべきはブッシュの矜持きょうじだ。古典の傑作、古今の巨匠たちの最も芸術的な作品でなければ、ブッシュは——卑俗な言葉を使うことを許して貰えるならば、本当に鼻汁はなも引っかけないのだ。
人間としての矜持きょうじか、此処には最早もはや矜持とか自律とかはあり得ない。あるのは生きているか殺されるかという冷たい事実だけだ。善とか悪はない。真実とは一つしかないのだ。それは内奥ないおうの声だ。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
おもわず義憤の眼をかがやかしかけたが——お袖の居所が知れるちょをにおわせられては、心何ものもなく、あらゆる矜持きょうじも失って、阿能十の前に何度も、頭を下げた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はばかられる思い出と矜持きょうじとのために、彼に会おうと決心することができなかった。そしてクリストフのほうでは、彼女から招かれないかぎりはやって行けないと思った。
いかめしい矜持きょうじに胸のふくれ上がるのを覚ゆる青年時代において、彼は一度ならず穴のあいた自分の靴の上に目を落としては、困窮の不正なる恥辱と痛切なる赤面とを知った。
彼の言動や手紙に現われている限り、今しがた見たような臨床医家としての誇り、ひいては自然科学者としての矜持きょうじは、チェーホフの生活で意外に大きな場所を占めていたと見なければならない。
洞院とういん実世さねよが主宰していたが、諸国の武士どもは、われもわれもと上表じょうひょうして、自分の功を言いつのり、かえって、ほんとに勲功のある者は、つつしんで身を矜持きょうじする風で
彼女は卑下と矜持きょうじとの交り合った性格だった。クリストフは彼女がブルターニュ生まれであることを知った。故郷に父親がいるのだが、その父親のことを彼女はごく慎み深く話した。
彼の美貌びぼうは、その瞬間矜持きょうじの念にいっそう麗しくなって、光り輝いていた。
おおい得ない悲痛は唇をもまなじりをも常のものではなくしている。しかも、将たる矜持きょうじを失うまいとする努力は若年の彼にとってこの混乱惨敗の中では並ならぬものにちがいない。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傲慢ごうまんによる孤立のほかになお、断念による孤立があった。フランスにおいてはいかに多くの善良な人々が、その温情と矜持きょうじと愛情とのあまり、人生から隠退するにいたってることだろう。
実は近いうちに隆中の孔明を訪れたいと思っていますが——聞説きくならく、彼はみずから、自分を管仲かんちゅう楽毅がっきに擬して、甚だ自重していると聞きますが、やや過分な矜持きょうじではないでしょうか。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
在家往生おうじょうとか、一向念仏とか、易行いぎょうの道とか、聞く原理はいわゆる仏教学徒の学問の塔にこもって高く矜持きょうじしている者から見ると、いかにも、通俗的であり、民衆へおもねる売教僧の看板のように見えて
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、独り矜持きょうじを高くもっていたのである。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)