眼頭めがしら)” の例文
そして両手で腹を抱へて可笑をかしさに溜らぬやうに肩をゆすぶつてゐたが、しまひには眼頭めがしらに涙を一杯溜めて椅子の上を転げ廻つた。
彼は首を仰向けにして、ぼんのくぼで苦痛を押えていると悲しい涙が眼頭めがしらから瞼へあふれずにひそかに鼻の洞へ伝って行った。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
慈善のことが話題にのぼると、慈善についても実に立派な意見を述べて、あまつさえ眼頭めがしらに涙さえ浮かべたものだ。
読んでゆくうちに、法水の眼頭めがしらが、じっくとうるんでいった。しばらくは声もなくじっと見つめているのを、検事は醒ますように、がんと肩をたたいた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
母は水際にしゃがんで、眼頭めがしらを抑えています。そして小作人の妻が寄り添って、しきりに母を慰めているのです。
棚田裁判長の怪死 (新字新仮名) / 橘外男(著)
まあ彼女たちはどんなに目をかがやかす事だろう……と、そんな事を考えているうちに、ふいと眼頭めがしらの熱くなりそうになった目をいそいで脇へ転じると、其処では
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
医者へもゆけず、ぐるぐるにおしまいた繃帯ほうたいに血がにじみ出ているのが、黒い塀を越して来る外光に映し出されて、いやに眼頭めがしらのところで、チラチラするのである。
(新字新仮名) / 徳永直(著)
自分たちの身へかに迫って来ることのように、熱いものが、胸から眼頭めがしらへ突きあげて来るのであった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして顫えながら大きく頷くと、蜂須賀巡査は、今度は探るような眼頭めがしらで雄太郎君を見詰めながら
石塀幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
また眼頭めがしらの陰が、なんと濃くなったことか。透き通るような額の眉の上には、あの薄青い脈管が、せつなげにまた危ぶませるように、ますますはっきりと浮き出てきた。
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
音もない風が、梢から転び落ちると、恰度ちょうど跼み込んだ女生徒のスカートを、ひらりとかえしたのです。ハッとした秀三郎は、僅かの間でしたが、眼頭めがしらの熱くなるのを感じました。
足の裏 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
どうしてあんな気障きざな事を言ったのだろう。いま考えてみると夢のような気がする。僕は泣こうと思った。しかし、ちょっと眼頭めがしらが熱くなっただけで、涙は一滴も出なかった。
パンドラの匣 (新字新仮名) / 太宰治(著)
嘉三郎は手紙を読みながら、咽喉のどをごくりごくりと鳴らして、何度も唾をみ下した。そのうちに両手がわなわなとふるえ出して来た。そして彼の眼頭めがしらには、ちかちかと涙さえ光って来た。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
かおはとうにあらっていたが、藤吉とうきち眼頭めがしらには、目脂めやに小汚こぎたなくこすりいていた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
何かしら眼頭めがしらが熱くなるのを覚えたのであったが、妙子のそれと云わぬ心づくしは、雪子にも分ったと見えて、彼女にしては珍しくその晩は打ち興じて、割合によくしゃべりもし、笑いもした。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ダラリと袖を欄干へ垂らし、ぼんやり河面かわもを眺めやった。やはり都鳥が浮かんでいた。やはり舟がとおっていた。皆々他人であった。急に眼頭めがしらがむずがゆくなった。眼尻がにわかに熱を持って来た。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それは立派な覚悟だ」浩は熱い眼頭めがしらを、こぶしぬぐいながら返事をした。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ええ。」と返事はしたものの、あたたかく眼頭めがしらがうるんで来た。
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
焼けつくように私の眼頭めがしらにしみ込んだ
明日はメーデー (新字新仮名) / 槙村浩(著)
私達も眼頭めがしらがあつくなつた。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
時々は光を失いかけるようなまなざしと——なおその眼頭めがしらは、細い鼻根の両側で、深い陰に蔽われている——それから唇の輪郭が、きわめて鋭くくっきりしているせいか
トリスタン (新字新仮名) / パウル・トーマス・マン(著)
閉じた太郎左衛門の眼頭めがしらからも、涙がバラバラと膝に落ちた。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あまりに生々しいそれに、眼頭めがしらが痛くなったのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
が、眼頭めがしらが熱くうるんで来るのを覚えた。
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
傍らで妻も、眼頭めがしらを拭いている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)