目路めじ)” の例文
目路めじのたかさにうすづいた陽は、木蔭や藪の底にひそんでいた冷い空気を呼び寄せた。馬は汗を流しているが、心のなかは寒いのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
間もなく病的に蒼褪あおざめたうすのような馬の大きな頭が、わたしの目路めじちかくに鼠色とはいえ明色ではない悒々ゆうゆうしい影をひいてとまった。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
西北の風がそよそよと吹く好晴の日には、目路めじのはてにそそり立つ高い山のいただきを、赤蜻蛉が列を作ってすいすいと飛び越して行くのが面白いと思った。
秩父の奥山 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
列島の彼方かなたに別にエメラルドの色をたたえているのは八代やつしろ海である。けれども今目路めじの限り、紫がかった薄絹のとばりように、朝霞あさかすみが一面に棚引いているのだ。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
紆曲うねりの緩やかな笹山が、目路めじを遮る何ものもなく、波うちつづく。遙か遙か下界に、八月の熱気でぼーっと、水色がかった真珠色に霞んだ地平が見晴せた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
おほいなる都會をうづつくさうとする埃!………其の埃は今日も東京の空にみなぎツて、目路めじはてはぼやけて、ヂリ/″\り付ける天日てんぴがされたやうになツてゐた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
半ばは銀色に輝き、半ばは漆黒しっこくの大円柱が、目路めじの限り打続く光景は、いとも見事なものでありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
思いは遠く走って、那須野の、一望に青んだ畑や、目路めじのはての、村落をかこむ森の色を思いうかべます。御住居おすまいは、夏の風が青く吹き通していることと思います。
平塚明子(らいてう) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
風浪の日はおそろしいが、晴れた日は、山をめぐる白雲、太古の密林、そして、目路めじのかぎりな芦のからよしなぎさとつづいて、まるで唐画の“芦荻山水ろてきさんすい”でも見るような風光だった。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高台のそこからは、大東京の半分が見わたせ、目路めじの限り家々の群落である。薄ぐもりの空の下に限りなくつづく小さな屋根屋根は、空のはてるまでつらなりかさなって、雲の中にぼかされていた。
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
大江戸は、目路めじの限り、黒い布をひろげたような濃い闇です。
そとの浜さとの目路めじちりをなみすずしさ広き砂上すなのうえの月
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
大沼小沼の在所もほぼ目路めじ辿たどられ、あの辺から奥へ
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
黄な蝶のつういと飛べば目路めじも黄に
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
野に低く雲がおりて目路めじおおった。青い草の海は逆巻くのだ。行く手にふさがる樹林や丘陵は測りがたい悪路を示していた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
太い赤まんまの花や紫苑しおんのような紫の野菊を。そうやってつまれるこまかい野の花々は伸子のこころを鎮め、広い地平線の眺めは伸子の目路めじをはるかにした。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
東北から東にかけては、山また山が目路めじの果まで続いているが、わずかに妙高火山群と戸隠の連峰とが識別されるのみである、独り浅間山のみは東南に離れて悠然と烟を吐いている。
白馬岳 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
空はやっぱり一面の黒雲に覆われ、風はなし、目路めじの限りの花の山は、銀鼠色ぎんねずみいろに眠って、湯の池にさざなみも立たず、そこにゆあみする数十人の裸女の群さえ、まるで死んだ様におし黙っているのです。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
目路めじをさえぎる灰色の雪が雲海のようにおおいかぶさり、吹きあげた粉末の雪の中には降りつける粒雪を見た。いよいよこれは、ある日忽然こつぜんと襲う吹雪が原野に暴れだしたと思われる。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
目路めじのかぎり島もなく、船もなく、ただ空と水ばかりであった。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)