煤色すすいろ)” の例文
眼下の海面はドス黒き煤色すすいろに泡立って、機関部艦底より浮び出ずる油の汚水によって、海底の浪の渦巻きは凄絶極まりなき様相を呈し
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
木村は「非常持出」と書いた札の張ってある、煤色すすいろによごれた戸棚から、しめっぽい書類を出して来て、机の上へ二山に積んだ。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
夫人はさっさとかまど部屋の横を通り、煤色すすいろのこの囲いから外へ出た。西の丸へつづく庭山の辺り、赤松の疎林の下の一亭である。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
府中へ来ると、煤色すすいろに暮れた。時間よりも寧空の黯い為に町は最早火をともして居る。早や一粒二粒夕立の先駆が落ちて来た。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
けれどもそれはまったく、作者に未知みちえざる驚異きょういあたいする世界自身じしん発展はってんであって、けっして畸形きけいねあげられた煤色すすいろのユートピアではない。
眼のくぼんだ、煤色すすいろの、背の低い首斬り役が重たに斧をエイと取り直す。余の洋袴ズボンの膝に二三点の血がほとばしると思ったら、すべての光景が忽然こつぜんと消えせた。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
グロテスクな装飾をもった背の高い建物は、煤色すすいろの夜霧のなかに、ブルブル震えながら立ち並んでいた。
ネオン横丁殺人事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
やがて、その望みが叶うて、とある道具屋で、駕籠舁が一本の煤色すすいろした尺八を求めてくれました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
民子は今日を別れと思ってか、髪はさっぱりとした銀杏返いちょうがえしに薄く化粧をしている。煤色すすいろと紺の細かい弁慶縞べんけいじまで、羽織も長着も同じい米沢紬よねざわつむぎに、品のよい友禅縮緬ゆうぜんちりめんの帯をしめていた。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
と、左門は、けた、蒼白い頬へ皺を畳み煤色すすいろの唇をかすかにほころばせて微笑した。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
衣紋えもん背のなかばに抜け、帯は毒々しきの上に捩上よれあがりて膏切あぶらぎったる煤色すすいろの肩露出せり。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
薄白い雪の上へ、煤色すすいろに小さな足跡が残された。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
深く被はれたる煤色すすいろ仮漆エルニこそ
ヒウザン会とパンの会 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
鬼の国から吹き上げる風が石の壁のを通ってささやかなカンテラをあおるからたださえ暗いへやの天井も四隅よすみ煤色すすいろ油煙ゆえん渦巻うずまいて動いているように見える。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日中ひなか硝子ビイドロを焼くが如く、かっと晴れて照着てりつける、が、夕凪ゆうなぎとともにどんよりと、水も空も疲れたように、ぐったりと雲がだらけて、煤色すすいろの飴の如く粘々ねばねば掻曇かきくもって、日が暮れると墨を流し
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「そうさ、斧をぐだけでも骨が折れるわ」と歌のぬしが答える。これは背の低い眼のくぼんだ煤色すすいろの男である。「昨日きのうは美しいのをやったなあ」と髯が惜しそうにいう。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)