溺愛できあい)” の例文
と、乳人は蔭で云い暮らしていたが、そう云う父が、それほど溺愛できあいしていた酒を、或る時からふっつり止めてしまったのであった。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
しかし葉子に対しては倉地は前にもまさって溺愛できあいの度を加え、あらゆる愛情の証拠をつかむまでは執拗しつように葉子をしいたげるようになった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いかに刀剣に対して眼のない溺愛できあいの大膳亮とはいえ、もし彼が、この北境僻邑へきゆうにすら今その名を轟かせている江戸南町奉行の大岡越前が
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お金に対する溺愛できあいは日毎に募って、一にもお金、二にもお金と、奉公人達が目の隅で笑うのも気が付かないという有様でした。
生命や感覺があるやうになかば考へながら、私がこの小さな玩具を、どんな馬鹿げた眞實で、溺愛できあいしてゐたかを、今思ひ出すことはむづかしい。
前にもいいましたように、この年になるまで父母の溺愛できあいを受けて、ここまで旅行に出るということは、私にとっては容易なわざではないのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
夜そのもののために夜を溺愛できあいするというのが、私の友の気まぐれな好み(というよりほかに何と言えよう?)であった。
お美しいこと、父帝が溺愛できあいしておいでになることなどを始終聞かされていたのがこの恋の萌芽きざしになったのである。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
私たちがどうしてあの優しき、善き父に不平を抱くことが出来よう。父が私たちを労苦に鍛えることのできなかったのはそのあふるる溺愛できあいのためであった。
光り合ういのち (新字新仮名) / 倉田百三(著)
兵部はその子を溺愛できあいしていた。六十万石分割のことも、東市正が三十万石の領主になる、という夢を実現したいからである。雅楽頭もそこへわなを仕掛けた。
彼のがたい悪癖は彼の溺愛できあいする静子夫人を対象として、猛威もういをたくましくし始めたものでありましょう。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
例えば、こうやって、自分を田舎へよこして置いてくれる彼の心持にしろ、彼は、伸子になら何をされてもよいほど溺愛できあいしているから、放っているのであろうか。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私を溺愛できあいする叔母であることを知ればこそ、苦笑しながらも、それを有難いと思って、け入れている私との間には、いわば、むつまじさが平凡な眠りにちて行くのを
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼女の身のうえの思い設けぬ不幸でさえもあると思わるるほど溺愛できあいしている恋慕の底に、何かしらいつも遊戯とかまたは冷たい批判とかいうものとはちがった作家気質というようなもので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
一たん愛するとなると、程度を忘れて溺愛できあいせずには居られない彼の性質が、やがて彼等の家庭の習慣になつて、彼も彼の妻も人に物言ふやうに、犬と猫とに言ひかけるのが常であつた……。
勝平は、もういつの間にか、親切な溺愛できあいする夫になり切ってしまっていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一刻一刻の、美しさの完成だけを願って居ります。生活を、生活の感触を、溺愛できあいいたします。女が、お茶碗や、きれいな柄の着物を愛するのは、それだけが、ほんとうの生き甲斐だからでございます。
皮膚と心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
總領の伊太郎の不愛嬌でみにくくて、親達への當りもよくなかつたのと比べて、次男の伊三郎の、人付きの良さと、男振りの拔群なのを溺愛できあい
スデニ倦怠期けんたいきヲ通リ過ギテイル時期ニナッテ、私ハ昔ニ倍加スル情熱ヲモッテ妻ヲ溺愛できあいスルヿガデキル。………
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
一方の孫を溺愛できあいして、ああしたまだ少年の者に結婚を許そうなどとは思いもよらぬことです。それにしても、だれがあなたにそんなことを言ったのでしょう。
源氏物語:21 乙女 (新字新仮名) / 紫式部(著)
吉近侯のみならず、係り家来の立場としては、迷惑だったものだろう、が、迷惑にも拘らず吉近侯は彼女を溺愛できあいし、顔中を引掻き傷にされながらも、敢えて屈せず
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ことさら快活に振る舞おうとしていたには違いないけれども、葉子の倉地に対する溺愛できあいは葉子をしてほとんど自然に近い容易さをもってそれをさせるに充分だった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
この女優もまた奥様と同種類の犬を非常に溺愛できあいしている、という聞き込みを得ましたことなのです。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
其処に面白からぬ夫婦関係が醸成じょうせいされつつあった事は、何人なんぴとも想像し得るじゃないか。事実、博士はひそかに妾宅しょうたくを構えて何とかいう芸妓げいしゃ上りの女を溺愛できあいしているんだ。
一枚の切符 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いかなる歎願も聴き入れないばかりか、かえって普賢像に対する愛着心をあおられて、朝夕自分の側に置いて、寸刻も離さないほどの溺愛できあいぶりだったのです。
祖父母が彼女を溺愛できあいのあまり、一度ならず彼女に婿を取って木場家のあととりにしようとし、そのため親類じゅうの騒ぎになり、家族会議が幾たびもおこなわれた。
季節のない街 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
教育のないのを自分のひけめにして、父から圧制されるのを天から授かった運命のように思っているらしかった。末子の純次に対しては無智な動物のような溺愛できあいを送っていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
云うまでもなく、彼はこの様に妻の静子を責めさいなんではいましたけれど、それは決して彼女を憎むがゆえではなく、寧ろ静子を溺愛できあいすればこそ、この惨虐をおこなったのであります。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
主人あるじの入道は信仰生活をする精神的な人物で、俗気ぞっけのない愛すべき男であるが、溺愛できあいする一人娘のことでは、源氏の迷惑に思うことを知らずに、注意を引こうとする言葉もおりおりらすのである。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
伯爵夫人の底知れぬ贅沢さが夫人を溺愛できあいしていた夫伯爵を破産に導いて、伯爵の死はおそらく自殺がその真相だろうというもっぱらの取沙汰であったが、それはあまりにも酷に過ぎた穿うがち方にもせよ
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
寢卷や布團の贅は、町人には少しおごりの沙汰と思はれる程で、主人金兵衞の溺愛できあい振りが思ひやられます。
生れた世子は亀丸かめまると名づけられたが、信濃守はたいそうな溺愛できあいぶりで、しぜん生母のひな女も大切にされ、その名の一字を取って奈々ななの方と呼ばれるようになったし
屏風はたたまれた (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
園に対してはめるような溺愛できあいを示すのに引きかえて、兄に対してはことごとに気持を悪るくしているらしい愛憎の烈しい母が、二人の中に挾まって、二人の間をかえってかき乱していた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これほどまでにこの女を溺愛できあいしている自分を源氏は不思議に思った。
源氏物語:04 夕顔 (新字新仮名) / 紫式部(著)
父はおみきを溺愛できあいした。おまえはおふくろにそっくりだ、と云っては晩酌の向うに坐らせて、酒やさかなべさせた。おみきは五歳ぐらいから、酒の味に馴染んだものだ。
枡落し (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
叔父萬兵衞の溺愛できあいの的になつたことは當然で、そのお喜代が、人もあらうに町人から見れば外道としか思はれないやくざ者の勝太郎とちぎつたことが、どんなに萬兵衞の忿怒だつたか
葉子はまた自分の父がどれほど葉子を溺愛できあいしてくれたかをも思ってみた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
名は父の幼名をとって小太郎と付けたが、よく肥えた丈夫な子で、妻は殆んど溺愛できあいしていた。
竹柏記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
後で店の者や近所の人のうわさを集めると、総兵衛はこの美しいお道の方を溺愛できあいして、同じような関係の姪でありながら、これにむこを取って、相模屋の跡取りにするつもりであったようです。
そして三男頼胤になると、まるで人が違ったように溺愛できあいした。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)