湯帷子ゆかた)” の例文
しかしMはいつのまにか湯帷子ゆかた眼鏡めがねを着もの脱ぎ場へ置き、海水帽の上へほおかぶりをしながら、ざぶざぶ浅瀬あさせへはいって行った。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その娘は女中だったと見えて、稽古に隣へ来ていると云う外の娘達と同じような湯帷子ゆかたを着た上に紫のメリンスでくけたたすきを掛けていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
師匠は茶を啜り了えると立って、勝手元から水の張ったバケツを下げてきて、湯帷子ゆかたの裾をからげて濡れ縁のところから庭へ水を打ちはじめた。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
この死骸もほのほに焼かれた顔は目鼻もわからぬほどまつ黒だつた。が、湯帷子ゆかたを着た体やせ細つた手足などには少しも焼けただれたあとはなかつた。
女中は湯帷子ゆかたたすきを肉に食い入るように掛けて、戸を一枚一枚戸袋に繰り入れている。額には汗がにじんで、それに乱れた髪の毛がこびり附いている。
あそび (新字新仮名) / 森鴎外(著)
主人も客も湯帷子ゆかたに着更へて、縁側近く据わつて、主人と背の高い赭顔あからがほとがを打つのを、小男の客が見てゐる。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
乞食は呆気あつけにとられたのか、古湯帷子ゆかたの片膝を立てた儘、まじまじ相手を見守つてゐた。もうその眼にもさつきのやうに、油断のない気色けしきは見えなかつた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
白のジャケツやら湯帷子ゆかたの上にの羽織やら、いずれも略服で、それが皆らぬ顔である。下足札を受け取って上がって、麦藁帽子むぎわらぼうしを預けて、紙札をもらった。
余興 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
更に又何分かの後、一人になつた新公は、古湯帷子ゆかたの膝を抱いた儘、ぼんやり台所に坐つてゐた。暮色はまばらな雨の音の中に、だんだん此処へも迫つて来た。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
これもおそろいの、藍色あいいろの勝った湯帷子ゆかたそでひるがえる。足に穿いているのも、お揃の、赤い端緒はなおの草履である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
新公は咄嗟とつさに身をかはさうとした。が、傘はその途端に、古湯帷子ゆかたの肩を打ち据ゑてゐた。この騒ぎに驚いた猫は、鉄鍋を一つ蹴落しながら、荒神くわうじんの棚へ飛び移つた。
お富の貞操 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
なる程フランネルのシャツの上に湯帷子ゆかたを著ている。細かい格子に日をさえぎられた、薄暗い窓のもとに、手習机の古いのが据えてあって、そこが君の席になっている。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
Mは長ながと寝ころんだまま、のりの強い宿の湯帷子ゆかたの袖に近眼鏡きんがんきょうの玉を拭っていた。仕事と言うのは僕等の雑誌へ毎月何か書かなければならぬ、その創作のことをすのだった。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かれは湯帷子ゆかたにさえ領垢えりあかの附くのをいとって、鬢やたぼの障る襟の所へ、手拭てぬぐいを折り掛けて置く位である。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
と同時に湯帷子ゆかたの胸から、桃色の封筒ふうとうにはいっている、小さい手紙を抜いて見せた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
石田は襦袢袴下じゅばんこしたを着替えて又夏衣袴を着た。常の日は、寝巻に湯帷子ゆかたを着るまで、このままでいる。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
僕のこう尋ねた時にはMはもう湯帷子ゆかたを引っかけ、僕の隣に腰を下ろしていた。
海のほとり (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
夕凪ゆうなぎの日には、日が暮れてから暑くて内にいにくい。さすがの石田も湯帷子ゆかた着更きかえてぶらぶらと出掛ける。初のうちは小倉こくらの町を知ろうと思って、ぐるぐる廻った。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
ハムモックの側に立っているのは、上海シャンハイの旅館にいた時より、やや血色の敏子としこである。髪にも、夏帯にも、中形ちゅうがた湯帷子ゆかたにも、やはり明暗の斑点を浴びた、白粉おしろいをつけない敏子である。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
もう締めてある戸を開けさせて、巡査が何か掛け合った。話は直ぐにまとまったらしい。中から頭を角刈にして、布子の下に湯帷子ゆかたを重ねて着た男が出て来て、純一を迎え入れた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
けれどもこの死骸はどう云ふわけか、焼け残つたメリンスの布団ふとんの上にちやんと足をばしてゐた。手もまた覚悟をめたやうに湯帷子ゆかたの胸の上に組み合はせてあつた。これは苦しみもだえた死骸ではない。
欄干に赤い襟裏えりうらの附いた著物きもの葡萄茶えびちゃはかまさらしてあることがある。赤い袖の肌襦袢はだじゅばんがしどけなく投げ掛けてあることもある。この衣類のぬしが夕方には、はでな湯帷子ゆかたを著て、縁端えんばなで凉んでいる。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)