湯壺ゆつぼ)” の例文
湯壺ゆつぼ花崗石みかげいしたたみ上げて、十五畳敷じょうじきぐらいの広さに仕切ってある。大抵たいていは十三四人つかってるがたまには誰も居ない事がある。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
開放あけはなったガラス戸の外は一望の緑、眼下には湯壺ゆつぼへの稲妻型廊下いなづまがたろうかの長い屋根、こんもり茂った樹枝の底に、鹿股川かのまたがわの流れが隠顕いんけんする。脳髄がジーンと麻痺まひして行く様な、なき早瀬のひびき
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
顔は見えないが、湯壺ゆつぼのなかでいきな声で源太節げんたぶしを唄っているのがひとり。
顎十郎捕物帳:08 氷献上 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
水落つ、たたと………浴室よくしつの真白き湯壺ゆつぼ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかし、静かな春の夜に、雨さえ興を添える、山里の湯壺ゆつぼの中で、たましいまで春の温泉でゆに浮かしながら、遠くの三味を無責任に聞くのははなはだ嬉しい。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
両足を湯壺ゆつぼの中にうんと踏ん張って、ぎゅうと手拭てぬぐいをしごいたと思ったら、両端りょうはじを握ったまま、ぴしゃりと、音を立ててはす膏切あぶらぎった背中へあてがった。
二百十日 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
意外な廊下を曲ったり、思いも寄らない階子段はしごだんを降りたりして、目的の湯壺ゆつぼを眼の前に見出みいだした彼は、実際一人で自分の座敷へ帰れるだろうかと疑った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
余は湯壺ゆつぼわきに立ちながら、身体からだめす前に、まずこの異様の広告めいたものを読む気になった。真中に素人しろうと落語大会と書いて、その下に催主さいしゅ裸連はだかれんと記してある。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は湯にりながら、嫂が今日に限ってなんでまた丸髷まるまげなんて仰山ぎょうさんな頭にうのだろうと思った。大きな声を出して、「姉さん、姉さん」と湯壺ゆつぼの中から呼んで見た。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
浴衣ゆかたのまま、風呂場ふろばへ下りて、五分ばかり偶然と湯壺ゆつぼのなかで顔を浮かしていた。洗う気にも、出る気にもならない。第一昨夕ゆうべはどうしてあんな心持ちになったのだろう。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けむの出る湯壺ゆつぼに漬けられ、いよいよ目的の人は眼前にいるという事実が分り、目的の主意は明日あしたからでも実行に取りかかれるという間際まぎわになって、急に第一が顔を出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
わが住む部屋も、欄干にればやはり同じ高さの二階なのには興が催おされる。湯壺ゆつぼの下にあるのだから、入湯にゅうとうと云う点から云えば、余は三層楼上に起臥きがする訳になる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すでに裸になって、湯壺ゆつぼの中につかったあとの彼には、この引続きから来る一種の予期が絶えず働らいた。彼は苦笑しながら、昨夕ゆうべ今朝けさの間に自分の経過した変化を比較した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
控所へくれば、すぐ、うらなり君が眼に付く、途中とちゅうをあるいていても、うらなり先生の様子が心にうかぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々あおい顔をして湯壺ゆつぼのなかにふくれている。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
温泉へ着いて、三階から、浴衣ゆかたのなりで湯壺ゆつぼへ下りてみたら、またうらなり君に逢った。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さすが年の功だね、何にも言わずに巻煙草まきたばこを五六十本半紙にくるんで、失礼ですが、こんな粗葉そはでよろしければどうぞお呑み下さいましと云って、また湯壺ゆつぼへ下りて行ったよ」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)