楊子ようじ)” の例文
来る途中とちゅう小間物屋で買って来た歯磨はみがき楊子ようじ手拭てぬぐいをズックの革鞄かばんに入れてくれた。そんな物は入らないと云ってもなかなか承知しない。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
兵馬がその前を通り過ぎた時分に、酒場の縄暖簾なわのれんを分けて、ゲープという酒の息を吐きながら、くわえ楊子ようじで出かけた男がありました。
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
真黒く脂肪あぶら足の跡が附いた、下駄の一方だとか、毛の抜けて仕舞った竹の歯楊子ようじだとか、そういった、極く下らないものだった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
楊子ようじをくわえて、二人が茶屋の軒を出たのは、それから間もないことであった。ちょうど、陽もころあいに暮れてきた時分——。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
小夜子も不断着のまま、酒のかんをしたり物を運んだりしていたが、ふと玄関の方のふすまを開けて縕袍どてら姿で楊子ようじくわえながら入って来る男があった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
楊子ようじ、チリ紙、着物、それ等の合せ目から、思いがけなく妻の手紙が、重さでキチンと平べったくなって、出てきた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
蔵前の長井兵助の家は、店で歯磨きや楊子ようじを売っていて、大きな長い刀が飾ってあった。ヤッと掛声してすぐに抜いた。代は五銭の時と十銭の時があった。
旧聞日本橋:17 牢屋の原 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
これを楊子ようじに削り、それをもって痛む歯に「南」という字を三度書いて歯に含まするときは、痛みが止まる。
妖怪学一斑 (新字新仮名) / 井上円了(著)
今日きょうの月曜は日曜繰り延べで休みにするように、「とも」へ頼みに行くことにしようではないかと「ならずもの」どもは、歯みがき楊子ようじをくわえながら相談した。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
すると男は「ああいいとも」と楊子ようじで歯をつつきながら立ち上って来て、私の後の障子を少しあけて外を見た。そして、「だが、いい按排あんばいに雨が止んだようだな」
くわえ楊子ようじのほろ酔い気分でブラリといまその家を立ちいでて来たところだから、乾雲の一行、まさにひとつ出鼻をどやされた形で、ちょっと立ちおくれざるを得なかった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
おみちはもちの三いろ、あんのと枝豆えだまめをすってくるんだのとしるのとをこしらえてしまってぜん支度したくもしてっていた。嘉吉は楊子ようじをくわいてとうげへのみちをよこぎって川におりて行った。
十六日 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
襟円えりえん半襟はんえり阿波屋あわやの下駄、「さるや」の楊子ようじ榛原はいばらの和紙、永徳斎えいとくさいの人形、「なごや」の金物、平安堂の筆墨、こういう店々は東京の人たちには親しまれている名であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そんな飲食店の食器やそなつけ品を、初めは楊子ようじ入れ位から始めて、ナイフ、フォークに到る迄失敬して、泥棒学のイロハを習う。だんだん熟練して、額縁や掛物、皿小鉢や鍋に及ぶ。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
内儀ないぎが、遅い夜食の後の歯を楊子ようじでせせりながら彼の横に立って、言った。
刺青 (新字新仮名) / 富田常雄(著)
重箱の隅を楊子ようじでほじくる様な神経家であることを証拠立てています。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あら、もうお果ものなの。お早いのね。では、お楊子ようじ
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
こんな桟敷さじきの上席に、セセラ楊子ようじで一杯機嫌の旦那がですよ、大きなつらをしていながら、祝儀の出し惜しみに事を欠いて
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「色気のない人じゃございませんか、何だって楊子ようじを使わないんでしょう」「今度ったら注意しておきましょう」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
庭を隔てての廊下を見ると、お絹という女が寝くたれ髪のだらしのない風をして、しきりに楊子ようじを使っている姿が、ありありと見られたからであります。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
むしろ、重箱のすみを楊子ようじでほじくるように、隅から隅まで迷心の大掃除をいたし、もって人をして安心させてやりたいものであります。余はこれを迷信退治と名づけます。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
一寸ちょっと云って置く」監督が土方の棒頭ぼうがしらのように頑丈がんじょうな身体で、片足を寝床の仕切りの上にかけて、楊子ようじで口をモグモグさせながら、時々歯にはさまったものを、トットッと飛ばして、口を切った。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
それからいやなものは向うの荒物あらもの屋に行きました。その荒物屋というのは、ばけもの歯みがきや、ばけもの楊子ようじや、手拭てぬぐいやずぼん、前掛まえかけなどまで、すべてばけもの用具一式を売っているのでした。
「あれだ——のみ楊子ようじを差したような恰好をしやがって、口だけは一人前の武者修行のつもりでいやがる」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主膳はこう考えてしまうと、あちらを向いて楊子ようじを使っているお絹を、肩越しに睨まえながら
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
楊子ようじにけずり、これにて痛む歯に「南」という字を三度かき、その歯にてくわえさせ、わが口のうちにて「アビラウンケンソワカ」と三度となうれば、たちまちいたみとまること奇妙なり。
妖怪学 (新字新仮名) / 井上円了(著)
喜撰きせん風呂のざくろ口には、もう湯気の中に洒落本しゃれぼんのだじゃれをまる呑みにしているような、きざでつうがりで、ケチで、色男ぶった糸びん頭の怠け者が、ふさ楊子ようじをくわえて真っ赤にゆだりながら
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)