揺々ゆらゆら)” の例文
旧字:搖々
「ここに置かして頂戴よ。まあ、お酒のにおいがしてねえ、」と手を放すと、揺々ゆらゆらとなる矢車草より、薫ばかりも玉に染む、かんばせいて桃に似たり。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
案内を乞わなくても、塀はあるがいかめしい門扉もんぴなどはない。竹編戸たけあみどがあるばかりだ。風に揺々ゆらゆらとうごいて半ば開いている。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
足の踏所ふみど覚束無おぼつかなげに酔ひて、帽は落ちなんばかりに打傾うちかたむき、ハンカチイフにつつみたる折を左にげて、山車だし人形のやうに揺々ゆらゆらと立てるは貫一なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
縁から見ると、七分目にった甕の水がまだ揺々ゆらゆらして居る。其れは夕蔭に、かわかわいた鉢の草木にやるのである。稀には彼が出たあとで、妻児さいじが入ることもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
揺々ゆらゆらとして玉のごとき王子は、今静かに私の方に歩みを運んで来られるところであった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
森林も揺々ゆらゆらと動いている、私は森厳なる大気の下で、吹き飛ばされそうな帽子をしかと押え、三角標の破片に抱きついて、眼下に黒く石のように団欒している一行の人たちを、瞰下しながら
槍ヶ岳第三回登山 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
そうして二分間ほどして魂魄こころの脱けたものゝように、小震いをさせながら、揺々ゆらゆらと、半分眼をねむった顔を上げて、それを此方に向けて、頬を擦り付けるようにして、ひとの口の近くまで自分の口を
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そんな空想に耽ってゆく武蔵の顔に、湖水の波紋の光が、幸福の笑みを投げかけるように、揺々ゆらゆらえていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
多時しばらく静なりしのちはるかに拍子木の音は聞えぬ。その響の消ゆる頃たちまち一点の燈火ともしびは見えめしが、揺々ゆらゆらと町の尽頭はづれ横截よこぎりてせぬ。再び寒き風はさびしき星月夜をほしいままに吹くのみなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
祖母としよりに導かれて、振袖ふりそでが、詰袖つめそでが、つまを取ったの、もすそを引いたの、鼈甲べっこうくし照々てらてらする、銀のかんざし揺々ゆらゆらするのが、真白なはぎも露わに、友染ゆうぜんの花の幻めいて、雨具もなしに、びしゃびしゃと
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭の内に高低こうてい参差しんしとした十数本の松は、何れもしのび得るかぎり雪にわんで、最早はらおうか今払おうかと思いがおに枝を揺々ゆらゆらさして居る。素裸すっぱだかになってた落葉木らくようぼくは、従順すなおに雪の積るに任せて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あたりのすすけた闇をそこだけ切り抜いたように、霞に小桜染の小袖を着、それへ紅梅色の腰衣こしごをまとった十七、八のうるわしい処女おとめのすがたが、その白い手に持たれている明りの中に揺々ゆらゆらと見えた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)