払底ふってい)” の例文
旧字:拂底
第一内地のように石を敷かない計画らしい。御影石みかげいし払底ふっていなのかいと質問して見たら、すぐ、冗談云っちゃいけないとやられてしまった。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
たしかその頃は借家が払底ふっていな時でしたから、手頃な家がなかなかオイソレと見つからないで、私たちは半月あまりこうして暮らしたものでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
仰有おっしゃるとおりです。借間の払底ふっていをはじめ、そのほかわれわれイギリス国民を困らせることが実におびただしいのです。
近頃家庭料理が急にさかんになったため西洋鍋や西洋道具が払底ふっていとなって随分悪い品を高く売付けるそうです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
少し落付いた為め、今まで払底ふっていしていた身体の気力が、いびつに補われ始めたからでしょうか。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
荷船の払底ふっていしているところ故、船問屋にかけ合って、やっと今、半分ほど積みましたが、後は明日あすになるらしいので、そうと云ったら又あの御老体が、権柄けんぺいな肩を怒らして
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上海は家が払底ふっていしていて、どんな小さな家でも部屋でも金になる。戦火で家を焼かれて田舎から逃げてきた難民は、この寒空に道ばたで寝ている始末だ。いかに家がないか……
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
むかしは矢羽根にきじまたは山鳥のはねを用いたが、それらは多く得られないので、下等の矢には鳶の羽を用いた。その鳶の羽すらも払底ふっていになった頃には、矢はすたれて鉄砲となった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この下宿人払底ふっていの世の中に日本人だろうが何だろうがそんなことを言ってはいられないし、それに事実、日本人は文句はいわず——じつは言いたくても、一つはその引っこみ思案と
「はあ、いかにも、思い出しましてござりまする——江戸表、米穀べいこく払底ふっていの折柄、上方のお持米をおまわしになりましたら、さぞ世間がよろこぶであろうという——あの、お噂ばなし——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
兎に角、こんな具合に入学志望者が払底ふっていだったから、高等卒業のものは直ぐに二年級へ編入された。私と助役の息子の安井君やすいくんがこの特典を利用した。他に地主の権藤の長男が一年級へ入った。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
日本には原書が払底ふっていであるから一冊でも余計に輸入したいと思う所に、さいわいなるかな、今度米国に来て官金をもっ沢山たくさんに買入れ、日本にもっかえって原価でドシ/\うっろう、左様そうなれば誠に難有ありがたい。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
半蔵は国から持って来た金子きんす払底ふっていになった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
つまりは人が払底ふっていなためだったのでしょう。私のようなものでも高等学校と、高等師範しはんからほとんど同時に口がかかりました。
私の個人主義 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
はしけ伝馬船てんません払底ふっていを告げて、廻船問屋は血眼ちまなこで船頭をひっぱり合っているし、人夫や軽子かるこの労銀は三割方も暴騰あがったというが、それでも手をあけている労働者は見あたらなかった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
より多く市に人手払底ふっていのためでしょう。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「それを考えると、子供の時なんか、訳もわからずに悪い事をしたもんだね。もっとも今とその頃とは時勢が違うから、教師の口も今ほど払底ふっていでなかったかも知れないが」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時分は今に比べると、存外ぞんがい世の中がくつろいでいましたから、内職の口はあなたが考えるほど払底ふっていでもなかったのです。私はKがそれで充分やって行けるだろうと考えました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
正直ですら払底ふっていな世にそれ以上を予期するのは、馬琴ばきんの小説から志乃しの小文吾こぶんごが抜けだして、向う三軒両隣へ八犬伝はっけんでんが引き越した時でなくては、あてにならない無理な注文である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それも句作に熱心で壁柱かべはしらへでも書き散らしかねぬ時代ならとにかく、書く材料の払底ふっていになった今頃、何か記念のためにと、短冊たんじゃくでも出された日には、節季せっきに無心を申し込まれるよりもつらい。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「思い出す事など」は平凡で低調な個人の病中における述懐じゅっかいと叙事に過ぎないが、そのうちにはこの陳腐ちんぷながら払底ふっていおもむきが、珍らしくだいぶ這入はいって来るつもりであるから、余は早く思い出して
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)