忿いか)” の例文
かれ阿治志貴高日子根の神は、忿いかりて飛び去りたまふ時に、その同母妹いろも高比賣たかひめの命、その御名を顯さむと思ほして歌ひたまひしく
孟は忿いかりで胸の中が焼けるようになって、何の考えも浮ばなかった。そして間もなく十一娘が自殺して葬式をしたということが聞えて来た。
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
御前へ出た八郎兵衛は、宗利の表情がかつて見たことのない、烈しい忿いかりにふるえているのを認めた、彼は悄然しょうぜんと頭を垂れた。
松風の門 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
湯でも水でもぶっかけてざぶ/\流し込むのである。若い者のたのしみの一は、食う事である。主人は麦を食って、自分に稗を食わした、と忿いかって飛び出した作代さくだいもある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
友人は余を信ずるを以てあえて余の彼がことばに従わざるを忿いからずといえども、余を愛せざる兄弟姉妹(?)の眼よりは余は聖典の教訓にさからいしもの、基督より後戻あともどりせしもの
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
そういえば、「良識の方が大切である」ことを、口を酸っぱくしていっているのに、「良識がいらないというのはけしからん」と忿いかるのは、やはりそそっかしさからきているのであろう。
明くれば夜のさまをかたり、暮るれば明くるを慕ひて、一七一此の月日頃千歳ちとせを過ぐるよりも久し。かの鬼も夜ごとに家をめぐり、或は屋のむねに叫びて、忿いかれる声一七二夜ましにすざまし。
その国俗として麦藁むぎわらを積んだ処を右にめぐれば飲食をくれる、来年の豊作を祈るためだ。左に遶れば凶作を招くとて不吉とする。摩訶羅不注意にも左へ遶ったので麦畑の主また忿いかって打ち懲らす。
ある日、私は自分の忿いかりをおさえきれないことがあって、今の住居すまいの玄関のところで、思わずそこへやって来た三郎を打った。不思議にも、その日からの三郎はかえって私になじむようになって来た。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
忿いかりも湧き立たぬほど索漠とした気持を経験した。
鈍・根・録 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
初穂はせきあげてくるものを抑えるように、唇をんでぐっとのどを詰まらせた。それから再び面をあげ、忿いかりと訴えとをめた口調で続けた。
一人ならじ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
連城は王の家へいったが、忿いかって飲食をしないで、ただ早く死なしてくれといった。室に人のいないのを見るとはりの上に紐をかけて死のうとした。
連城 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ここに天皇いたく忿いかりて、矢刺したまひ、百官の人どもも、悉に矢刺しければ、ここにその人どももみな矢刺せり。
それらが幹太郎の頭の中で閃光せんこうのように明滅し、忿いかりとも絶望とも、悲しみともつかない、激しい感情のために、口をきくことさえできなかった。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かれここに八十神忿いかりて、大穴牟遲の神を殺さむとあひはかりて、伯伎ははきの國の手間てまの山本に至りて云はく
十一娘は忿いかって食事をしないで、毎日寝ていたが、婿が迎えに来る前晩になって、不意に起きて、鏡を見て化粧をした。夫人はひそかに喜んでいた。侍女がかけて来ていった。
封三娘 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
「おれが改めて、おれの口から、たのむと云っても、だめだろうか」幸太の眼は忿いかりを帯びたように鋭く光った
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
臧は金を掘りだした時、兄が先ず貢物の金を隠しておいたものだろうと思って、忿いかって兄の所へいって兄を責め罵った。大成はそこで二成が金を返して来たわけを知ったのであった。
珊瑚 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
それがちょうど十二年まえの正保二年、忠善の忿いかりにふれて生涯蟄居しょうがいちっきょという例の少ないとがめをうけたが、彼はその命のあった日に切腹をして死んだのである。
日本婦道記:墨丸 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「あらぬ事を訴訟する不届きなしれ者」という判定を怒れる眼と忿いかれる大喝に託して宣告されたのである。
その叫びは口から口へ伝わりあらゆる人々を絶望に叩きこんだ、沸き立つような喧騒けんそうがいっときしんと鎮まり、次いでひじょうな忿いかりの呶号どごうとなって爆発した。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
心の忿いかりをあらわすかのように、うす暗い燈火ともしびのなかできらきらと震えた、「……おまえが討死でもしたとわかっていたら、私はとうに生きてはいられなかったよ」
蜆谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
主人杉浦氏の小鬢こびんのあたりがあおくなり、右の頬がぴくっと痙攣ひきつった。癇が強そうだと思ったとおり、氏はその年齢と格式をもって抑えきれないほどの忿いかりを発した。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
香苗はそれをはっきりと聞いた、言葉の意味は本当には分らなかったが、なにかしらん罪深い、禁断のとばりの奥をいきなりあけて見せられたような、胸苦しい羞恥しゅうち忿いかりに身の震えるのを覚えた。
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なんとも説明しようのない、そして自分でも理由のわからぬ烈しい忿いかりが、むらむらと肚の底からつきあげてきたのだ、それはかれの血の叫びであった、かれの全身にながれている郷士の血が
荒法師 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)