せう)” の例文
ところで、どういふわけで、そんな子ともの私が寫眞しやしんなどはじめるやうになつたかといへば、そのころわたしは、三宅克巳氏ちよの「せう寫眞術しやしんじゆつ
だもの、うして学校がくかう先生せんせいをはじめ、余所よそのものがせう々位ぐらゐのことで、わかるものか、だれだつてわかりやしません。
化鳥 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
方なくそれはあきらめたが、そのころから割合わりあひに手先の器用きようわたしだつたので、「せう寫眞術しやしんじゆつ」の説明せつめいしたがつて、わたしはとう/\寫眞器しんき自作じさくこゝろざした。
これは偶然ぐうぜんせう寫眞術しやしんじゆつ」の沿革史えんかくしの一せつにも書いてあることだつたが、うちで寫眞しやしんうつすといふと、いつもその上寫眞館しやしんくわんへ出かけたもので
そして、せう病膏肓やまひこうこうに入つたかなとやましくなると、なあに運動うんどうのためだといふ風に分で分にいひわけしてゐた。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
といふのは、せう代に両しんわかれた一人つ子の青木さんは、わづかなその遺産ゐさんでどうにか修学しうがくだけはましたものの、全く無財産むざいさんの上だつた。
(旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
そして時たま友たちなんかとどこともない球突塲たまつきばいてはみるが、以前ほどおも白くない、持てんも百てんせう無理むりになつてまあ八十てんといふところになつてしまつた。
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
それでもきよ年一昨年あたりはまたせう興味けうみもどつて來て、一週間しうかんに一ぐらゐの程度ていどで和田英作畫伯ぐわはくや小宮豐隆先生と時々手あはせの出來る近しよ球突塲たまつきばへ通つてゐたが
文壇球突物語 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)