密々ひそひそ)” の例文
今朝出社した時、此二人が何か密々ひそひそ話合つて居て、自分が入ると急に止めた。——それが少なからずかれの心を悩ませて居たのだ。
病院の窓 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
密々ひそひそとささやき合っている話の方に、多分な心をつかっていることは、少し緻密ちみつな眼でこの一組を注意していれば分りましょう。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いで男の声はざりしが、間有しばしありていづれより語り出でしとも分かず、又一時ひとしきり密々ひそひそと話声のれけれど、調子の低かりければ此方こなたには聞知られざりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
多人数一室へ閉籠とじこもって、徹夜で、密々ひそひそと話をするのが、しんとした人通ひとどおりの無い、樹林きばやしの中じゃ、そのはずでしょう。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あゝ、そうですか。じゃ一寸お待ちなさい!」と、次の間に入って行ったが、また出て来て、「宮ちゃん、其方そっちの戸外の方から行きますから。」と、密々ひそひそと言う。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
密々ひそひそと話しつつ来る二人の人の声が聞こえる、清いのが秀子の声で濁ったのが虎井夫人の声だ。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
平次も妙にギョッとした心持で立ちすくみました。若い男と女が、納戸の後ろで、何やら密々ひそひそと語り合っているではありませんか。しかも、二人とも、涙を流しているのです。
いつも元気な父が其時ばかりは困った顔をして何か密々ひそひそ言っているのを、子供心にも不審に思った事があったが、それが伯父の謂うお祖母ばあさんに泣かされていたのだったかも知れぬ。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
葉子は、ふと気がついたように、四囲あたりを見廻してみると鼻血を出した為か、もう黒吉の姿はなく、他の少年座員達が何か密々ひそひそと囁き合いながら、銘々に稽古を始めるところだった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
口笛が止むとあやなす声が、こう密々ひそひそと聞こえてきた。フッと蝋燭の火が消えた。しばらく森然しんと静かであった。と、暗い舞台の上へ蒼白い月光が流れ込んで来た。誰か表戸をあけたらしい。
大捕物仙人壺 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
二人は、裏畑の中の材木小屋に入つて、積み重ねた角材にもたれ乍ら、雨に湿つた新しい木の香を嗅いで、小一時間許りも密々ひそひそ語つてゐた。
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
若い者の庄吉は、主人の三右衛門と何か密々ひそひそと話し込んでいたが、翌朝になると、向う鉢巻をした十人ばかりの男達と一緒に
下頭橋由来 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その二人、もう一人のが明座ッてやっぱり婦人で、今のを聞くと、二言ばかり、二人で密々ひそひそと言ったが否や、手を引張合ひっぱりあった様子で、……もっとも暗くってよくは分らないが。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長三は塔の底に宝が有るなどと昔は信じませんでしたが、夫人の言葉で信ずる事に成りました、それは此の頃彼と、虎井夫人とが折々密々ひそひそ話などして居た様子で私が見て取りました
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
しきりと、自分のすがたへ眼をそそぎ、指さし合って、密々ひそひそいう辺りの声に、吉次も気がついたか、急に間がわるそうにして
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先に立つた女児等こどもらの心々は、まだ何か恐怖おそれに囚はれてゐて、手に手に小い螢籠を携へて、密々ひそひそと露を踏んでゆく。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
密々ひそひそ、話していやはったな。……そこへ、私が行合ゆきあわせたも、この杯の瑞祥ずいしょうだすぜ。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『そう云われて思い出した。——夢かと思っていたが、じゃあ今ここで、密々ひそひそ云っていた二人の話はあれあほんとの事か』
魚紋 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
密々ひそひそと話声が起りかけた。健は背後うしろの方から一つ咳払ひをした。話声はそれでまた鎮つた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そして、裏の納屋なやで、長いこと母と密々ひそひそ話した揚句あげく、彼の母は涙ながら、真雄の所へ来て、その気持を訴えたが
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の前に坐つて居る市子の方をあごで指し乍ら、何か密々ひそひそ話し合つて笑つた事、菊池君が盃を持つて立つて来て、西山から声をかけられた時、怎やら私達の所に座りたさうに見えた事
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
先頭の二人が振る合図に従って、ふたたび密々ひそひそと駒を進めた。月も雲も真夜中の中天に寝まろんでいるそうである。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うしてるうちに、一人二人と他の水汲が集つて来たので、二人はまだ何か密々ひそひそ語り合つてゐたが、やが満々なみなみと水を汲んで担ぎ上げた。そして、すぐ二三軒先の権作が家へ行つて
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
などと密々ひそひそささやき交わし、指真似ゆびまねや、眼くばせで、各〻、いつも通りの部署につくべく分れて行く。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥州の土産ばなしに、天狗にお目にかかりてえもんだ——と、こないだうちから念願にかけていたら、ほんとにめぐり会っちまった。しかも天狗が二人して密々ひそひそばなしだ。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
などという声が、今宵にも大事が到来しているように、物々しく、しかし密々ひそひそと伝えられていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病人のそばで、密々ひそひそ、話し込んでいた女衒ぜげん粂吉くめきちが、耳を抑えて、飛び上がった。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何か、密々ひそひそと云い合うと、その侍へ一礼して、端の方から立ち去ってしまった。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こう急激に決行へ焦心あせって来たこの人々は、もう一日も猶予ゆうよはならない気がして、吉良家の屋敷替えという絶好な機会を掴んで、宿志しゅくしを遂げようとするものらしく、密々ひそひそと、それから半刻も
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)