婢僕ひぼく)” の例文
まがいの神尾主膳に附添いの者共はみな集まって来たし、この家の主人や婢僕ひぼくまでもみな廊下のところに、そっと様子を見に来ている。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
早く行て船室へ場を取りませねばと立上がれば婢僕ひぼく親戚あがかまちつどいて荷物を車夫に渡す。忘れ物はないか。御座りませぬ。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
主人は以前の婢僕ひぼくめ、婢僕はせんの旦那を慕う。ただに主僕の間のみならず、後妻をめとりて先妻を想うの例もあり。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
彼はあたかも自分で経験してきたかのように、自然に反した陰鬱いんうつな不健全なその生活——中流社会が婢僕ひぼくに課している普通の生活——を見て取った。
如何に婢僕ひぼくにかしずかれて快い安逸をたのしむか。如何に数多の女共によって天国の楽しみを味わうか。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
夫の弟妹ていまいなどは家の弟妹のごとく可愛がりその上婢僕ひぼくは自分の子供のごとくによくあわれんで使ってやれ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
夏五月には田能村竹田たのむらちくでんが水西荘に来り宿した。「重叩柴門感曷勝。一声認得内人譍。」剥啄はくたくの声に応ずるものは、門生にあらず、婢僕ひぼくにあらず、未亡人里恵であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
富家ふかにありてはただ無知盲昧もうまい婢僕ひぼくに接し、驕奢きょうしゃ傲慢ごうまんふうならい、貧家にありては頑童がんどう黠児かつじに交り、拙劣せつれつ汚行おこうを学び、終日なすところ、ことごとく有害無益のことのみ。
教育談 (新字新仮名) / 箕作秋坪(著)
現実と堙滅いんめつとのみである。そこでは、びんの底は泥酔を告白し、かごの柄は婢僕ひぼくの勤めを語る。そこでは、文学上の意見を持っていた林檎りんごの種は、再び単なる林檎の種となる。
家に婢僕ひぼくなく、最合井もあいい遠くして、雪の朝、雨の夕の小言こごとは我らも聞きれたり。
曙覧の歌 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
もっぱら西洋の割烹りょうりを用い。家屋すまいも石造玻窓はそうにかぎり。衣服は筒袖呢布らしゃならでは着するをいとい。家の婢僕ひぼくに至るまでも。わが国振りの衣服を着せしめず。皆洋服の仕為着しきせを用いしむるまでにして。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
下士はよき役をつとめかねて家族の多勢たぜいなる家に非ざれば、婢僕ひぼくを使わず。昼間ひるまは町にでて物を買う者少なけれども、夜は男女のべつなく町にいずるを常とす。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
小さな中流人士の多くと同様に、二人の子供は、婢僕ひぼくや農夫などの平民たちから遠ざかっていた。二人は彼らに会うと、多少の恐れと嫌悪けんおとを心の底に覚ゆるのだった。
若い時分には、曲ったこと、間違ったことと思う場合はなかなか烈しく喰ってかかることもあったが、弱いものにはいつもやさしかった。婢僕ひぼくなどを叱ったことはほとんどなかったそうである。
工学博士末広恭二君 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
既往かくの如くなれば現今も斯の如し。将来もまた斯の如くならんと勘弁す可し。婢僕ひぼくの過誤失策を叱るは、叱らるゝ者より叱る者こそ見苦しけれ。主人の慎しむ可き所なり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ごくパリー式な婢僕ひぼくの軽薄さと、自分にわからないものしか賞賛しないごく田舎いなか式な婢僕の深い愚蒙ぐもうさとから、離れていたので、その明識でもって彼女は、遊戯的な音楽やつまらぬ饒舌じょうぜつなど
ソレカラ案内につれられて止宿した旅館は、巴里パリの王宮の門外にあるホテルデロウブルと云う広大な家で、五階造り六百室、婢僕ひぼく五百余人、旅客は千人以上差支さしつかえなしと云うので
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
婢僕ひぼくの本分
第六、上士族は大抵たいてい婢僕ひぼくを使用す。たといこれなきも、主人は勿論もちろん、子弟たりとも、みずから町にゆきて物を買う者なし。町の銭湯せんとうる者なし。戸外にいずればはかまけて双刀をたいす。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)