堂守どうもり)” の例文
ヌーヴィユ・ダーモンにあるセントユーラリ教会の堂守どうもりが、いい機嫌で、死人の健康を祝するために古い葡萄酒を飲みながら話したのである。
かれは托鉢をやめて、堂守どうもりのような形でそこに住んでいたが、参詣者の頼みにっては一種の祈祷のようなこともした。身の上判断もした。
半七捕物帳:21 蝶合戦 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
むかしは、戦艦せんかん勇壮ゆうそう』の兵曹長へいそうちょうをいたしておりましたが、退役になりましてからは、提督教会ていとくきょうかい堂守どうもりをしておりました。
ある堂守どうもりが住んでいた後に、住蓮と安楽房がしばらくここに生活くらしていたことがあるので、貧しいかしぎの道具やあかりをともす器具などはあった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただその大きい目前もくぜんの影は疑う余地のない坊主頭ぼうずあたまだった。のみならずしばらく聞き澄ましていても、このわびしい堂守どうもりのほかに人のいるけはいは聞えなかった。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
村の取附とりつきにある観音堂で、霊験れいげん顕著あらたかというので信心を致しまする者があって種々いろ/\の物を納めまするが、堂守どうもりを置くと種々の悪い事をしていなくなり、村方のものも困って居る処で
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
手を延ばしてその首をおさえなどしたりという。村にありし薬師の堂守どうもりは、わが仏様は何ものをもそなえざれども、孫左衛門の神様よりは御利益ごりやくありと、たびたび笑いごとにしたりとなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
伝法院の唯我教信が調戯からかい半分に「淡島椿岳だからいっそ淡島堂に住ったらどうだ?」というと、洒落気しゃれけと茶番気タップリの椿岳は忽ち乗気のりきとなって、好きな事仕尽しつくして後のお堂守どうもりも面白かろうと
ところで父は変人ですから、人に勧められるままに、御経も碌々ろくろく読めない癖に、淡島堂の堂守どうもりとなりました。それで堂守には、坊主の方がいいといって、頭をクリクリ坊主にした事がありました。
寺内の奇人団 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
これは堂守どうもり仁三郎にさぶろうといって、町内の人気者だ。人にうらみを買うたちの人間じゃない、金を溜めるような心掛けの男でもねえ、それがこんなむごたらしい有様になって、朝詣あさまいりの人に見付かったんだ。
「こら、堂守どうもりの坊主、この堂は何物をまつってある堂じゃ」
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
戸を叩いたのは三社明神の堂守どうもりの家。
念のために伸びあがって覗くと、うす暗い堂の奥には黄色い灯が微かにゆらめいて、堂守どうもりの老僧が居睡りをしていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いつかかみを落したのち、倉井村の地蔵堂じぞうどう堂守どうもりになっていたのである。伝吉は「冥助みょうじょのかたじけなさ」を感じた。倉井村と云えば長窪から五里に足りない山村さんそんである。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「やっかいな囚人めしゅうどだ。ま、仕方がない。裏の堂守どうもりに言って、かゆの汁でも母子にくれてやるがいい」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、周防はその堂に堂守どうもりの僧を雇うて置いた。
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
不幸な子供のたましいをとむらいながら、可愛御堂かわいみどう堂守どうもり生涯しょうがいをおわろうと思っていた菊村宮内きくむらくないも、むかしの主人であり、ふるさとの兵である北国勢ほっこくぜいが、すぐむこぎし木之本きのもとでやぶれ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
堂守どうもりは住んでいないのであるが、その中には燈明とうみょうの灯がともっていた。その灯を目あてに、伝兵衛は池のほとりまで辿って来て、そこにある捨て石に腰をおろした。澹山も切株に腰をかけた。
半七捕物帳:33 旅絵師 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
いまでこそ身は童幼どうようの友としたしまれ、には地蔵じぞうの愛をせおい、のきごとの行乞ぎょうこつたびから旅をさすらい歩くながれびとにちがいないが、竹生島ちくぶしまに世をすてて可愛御堂かわいみどう堂守どうもりとなる前までは、これでも
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
竹生島ちくぶしま可愛御堂かわいみどう堂守どうもり
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)