土埃つちぼこり)” の例文
女狩右源太は、ぼこぼこ土埃つちぼこりの立つ街道を、俯きながらゆるゆると歩いていた。足は、南部の方へ向いていたが心はそれと、一緒ではなかった。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
往来には人と同じように、道路を利用する癖がまだ残っている。自動車が通ったばかりの後の土埃つちぼこりの中を、さも用ありげに走って行く影を時々見る。
それを見て黒馬が走り葦毛が駆けだし、三頭の馬は土埃つちぼこりき立てながら、まりのようになって新道路を走った。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
『おい人車くるまに乘れば好かつたね。』と小池は、路傍みちばたの柔かい草の上を低い駒下駄こまげたに踏んで歩きつゝ土埃つちぼこりの立つことをふせいでゐるお光の背後うしろから聲をかけた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
真昼の太陽に草の露が乾くころには、墨汁ぼくじゅうをこぼしたかと思われる道ばたの血痕も、馬蹄ばていやわらじの土埃つちぼこりおおわれて、誰の目にも、ゆうべの修羅が気づかれない。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たてがみを振り乱し泡をんだ馬が、狂ったようにひづめで大地を叩き、うしろに土埃つちぼこりを引きながら殺到して来て、蹄を駕籠に突っかけた。小五郎は「ああ」といった。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
元気の無ささう顔色かほいろをして草履を引きずり乍ら帰つて来た貢さんは、裏口うらぐちはいつて、むしつた、踏むとみしみしと云ふ板ので、雑巾ざふきんしぼつて土埃つちぼこりの着いた足を拭いた。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
平次は彦兵衛を起してやって、その胸から膝へ一面に付いた土埃つちぼこりを払ってやりました。
目が廻るのか、額を流れる汗が眼に入るのか、眼をつむったままかれたもののように身体を烈しく動かした。よろめいて、身体を壕の壁で支えた。電灯の光まで土埃つちぼこりがうっすらと上って来た。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
土埃つちぼこりが立つように乾いて春光がのどかに輝いているのに、ひとたび同じ街の裏の方へ廻って見ると、雪は屋根の高さまで積まれ、人々は徳川時代さながらに雪の穴居生活の状態をしているのである。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
馬車は煙のような土埃つちぼこりを上げて動きだした。そして、市街地から高原地帯の道へと、馬車は走っていった。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
土埃つちぼこりをはたきながら、二人の去っていったほうをもう一度、祝福するような眼つきで眺めやった。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いや、変る道理がない。眼の前で黒助が拾って、土埃つちぼこりを払って渡してくれたのだ」
そのもがいてよろめく足もとから白い土埃つちぼこりが舞うのを浴びて、宅助はうなるように
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あはな聲を出して、やゝもすればおくれてしまひさうなお光は、高く着物を端折はしをり、絽縮緬ろちりめん長襦袢ながじゆばん派手はで友染模樣いうぜんもやうあざやかに現はして、小池に負けぬやうに、土埃つちぼこりを蹴立てつゝ歩き出した。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
土埃つちぼこりにまみれた半顔が、変に蒼白かった。私はぎょっとして、立ち止った。草の葉に染められた毒々しい血の色を見たのだ。総身そうみに冷水を浴びせかけられたような気がして、私は凝然ぎょうぜんと立ちすくんだ。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
土埃つちぼこりが、額へまで、こびりついた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼の足もとから、白っぽい土埃つちぼこりが舞い立ち、小さなその躰はみるみるうちに遠ざかっていった。
おさん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
自動車は白い土埃つちぼこりを上げ、乾燥し切った秋の空気を切って日照りの街中を走った。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
濛々もうもうたる土埃つちぼこりが戦場をおおい隠した。その黄色い土煙の中に太刀が飛び、槍がひらめいた。
蒲生鶴千代 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
矢は一文字に飛んで狼のくびの根元へぴゅっ、射止めたかと見た刹那せつな、狼はひょいと体をひねって、ととととと、四五間走って立停る、矢は地面を向いて、土埃つちぼこりをあげながら遠く外れてしまった。
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)