唐物屋とうぶつや)” の例文
相手というのは羅紗らしゃ道行みちゆきを着た六十恰好ろくじゅうがっこうじいさんであった。頭には唐物屋とうぶつやさがしても見当りそうもない変なつばなしの帽子をかぶっていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
薬種屋やくしゅやか、唐物屋とうぶつやで訊くのが一番だと思って、沈香か古渡りのギヤマンでも買うような顔をして、日本橋の問屋筋を一軒残らず歩きましたよ」
かねて所持せし徳乗とくじよう小柄こづかを、坂下の唐物屋とうぶつや十左衛門じゅうざえもん方へ一両二分にて売って得た金子には相違なけれども、いまさらかかる愚痴めいた申開きも武士の恥辱。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
新式に硝子がらす戸の店を造った唐物屋とうぶつやの前には、自転車が一個、なかばは軒の雨滴あまだれにぬれながら置かれてある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
唐物屋とうぶつやだの呉服店ごふくてんなどに、どんなにきれいなものがかざってあっても、今の清造にはなんの興味きょうみもありません。金物屋かなものや桶屋おけやはそれ以上に用のないものでした。
清造と沼 (新字新仮名) / 宮島資夫(著)
洋品店を唐物屋とうぶつやといった時代、ペンキ塗りの看板は十二、三年頃のそれらの店から始まったらしい。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
銀子は唐物屋とうぶつやや呉服屋、足袋屋たびやなどが目につき、純綿物があるかとのぞいてみたが、一昨年草津や熱海あたみへ団体旅行をした時のようには、品が見つかりそうにもなかった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
慶三は古くから小川町辺に名を知られた唐物屋とうぶつやの二代目の主人、年はもう四十に近い。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そこのかどにある店蔵みせぐらが、半分は小さな郵便局に、半分は唐物屋とうぶつやになっている。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その頃、タシカ、神田のお玉ヶ池の佐羽という唐物屋とうぶつやがたった一軒硝子戸を
田地でんじいえも蔵も抵当とやらにして三千円の金を借り、其の金を持って唐物屋とうぶつやとか洋物屋ようぶつやとかを始めると云って横浜から東京へえ出しに出たんだよ、ところが他に馴染なじみの宿屋がねえと云って
人形町の唐物屋とうぶつやを貧窮組が叩き壊した時は、朝の十時頃から始めて家から土蔵まで粉のように叩き壊してしまいました。いくら多勢の力だからと言って、これは人間業とは思われませんでした。
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
京橋八官町の唐物屋とうぶつや吉田吉兵衛なのである。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
現に唐物屋とうぶつやというものはこの間まで何でも売っていた。えりとか襟飾りとかあるいはズボン下、靴足袋くつたびかさ、靴、たいていなものがありました。
道楽と職業 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
どの店でも弓張ゆみは提灯ちょうちんをつけて、肴屋さかなやには鮭、ごまめ、数の子、唐物屋とうぶつやには毛糸、シャツ、ズボン下などが山のように並べられてある。夜は人がぞろぞろと通りをひやかして通った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
越後屋えちごやと対抗した江戸一流の呉服屋で、呉服の外に、大伝馬町おおでんまちょう金吹町かなぶきちょうなどに唐物屋とうぶつや、米屋、金物屋などの店を持ち、今の百貨店デパートを幾つにも割ったような豪勢な商売をしている店でした。
前には唐物屋とうぶつやと云ったが今では洋物屋と申しますそうでござりやすが、屹度きっと当るという人が有りますから、此処こゝ一息ひといき吹返ふきかえさなければなんねいと思って、田地でんじからそれにまア御案内の古くはなったが
低い軒がどれもこれもよろけているようである。呉服屋の店には、色のめたような寄片よせぎれるから手薄に並べてある。埃深ほこりぶか唐物屋とうぶつやや古着屋の店なども、年々衰えてゆく町の哀れさを思わせている。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
三四郎はその夕方野々宮さんの所へ出かけたが、時間がまだすこし早すぎるので、散歩かたがた四丁目まで来て、シャツを買いに大きな唐物屋とうぶつやへはいった。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しまいに或唐物屋とうぶつやの店先に飾ってあるハイカラな襟飾ネクタイを見た時に、彼はとうとうそのうちの中へ入って、自分の欲しいと思うものを手に取って、ひねくり廻したりなどした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それから足の向を変えてまた三ツ角の交叉点まで出ると、今度は左へ折れて唐物屋とうぶつやの前でとまった。そこは敬太郎けいたろうが人に突き当られて、竹の洋杖ステッキを取り落した記憶の新らしい停留所であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時うしろから来た電車が、突然自分の歩いている往来の向う側でとまったので、もしやという心から、筋違すじかいに通を横切って細い横町の角にある唐物屋とうぶつやそばへ近寄ると、そこにも一本の鉄の柱に
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
代助は二三の唐物屋とうぶつやを冷かして、入用いりようの品を調えた。その中に、比較的高い香水があった。資生堂でねり歯磨を買おうとしたら、若いものが、欲しくないと云うのに自製のものを出して、しきりに勧めた。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
唐物屋とうぶつやでも白の気で売りさばいたのみならず
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)