取留とりとめ)” の例文
聞れ吉兵衞其方は狂氣きやうきにても致したるや取留とりとめもなきこと而已のみやつかな然ながら千太郎は久八と兄弟なりとは如何の譯にて右樣の儀を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
ちょうど今しがた、根津の交番で、いたく取乱した女が一人つかまったが、神月という人を尋ねるのだとばかりで、取留とりとめのないことを言っている。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お前様めえさまならタダで上げます。」と言つて、うしてもおあしを請取らなかつただらう、などと、取留とりとめもない事を考へて、おそおそる叔父を見た。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
しかれども「取留とりとめもなき風説、もしくは推察を以て、異国より日本を襲う事これあるべき趣、奇怪の異説等取交え著述す」
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
田圃に薄寒い風が吹いて、野末のここ彼処に、千住あたりの工場の煙が重く棚引たなびいていた。疲れたお島の心は、取留とりとめのない物足りなさに掻乱かきみだされていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分は二人の会話を聞きながら、山中の平和といふ事と、人生の巴渦うづまきといふ事を取留とりとめもなく考へて居た。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
それからは例の妄想もうそう勃然ぼつぜんと首をもたげて抑えても抑え切れぬようになり、種々さまざま取留とりとめも無い事が続々胸に浮んで、遂にはすべてこの頃の事は皆文三の疑心から出た暗鬼で
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
かう云ふ取留とりとめのない、tautologie に類し、circulus vitiosus に類した思想の連鎖が、蜘蛛くもの糸のやうに私の精神に絡み附いて、私の読みさした巻を閉ぢさせ
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
そして、……どこを漏れて来るともしびの加減やら、しまたもとを透いて、蛍を一包ひとつつみにしたほどの、薄らあおい、ぶよぶよとした取留とりとめの無い影が透く。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
取留とりとめもなく気がソワついてるうちに歩くともなくモウ学校の門だ。と入つた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
さぐり候へども藤五郎樣御兄弟の行衞ゆくゑは一向に存じ申さずと申し其上そのうへ惣右衞門は病氣にて臥居ふしをまたかれせがれ重五郎も他國へゆきしよしにて家内にはたゞ惣右衞門夫婦のみをり候まゝ種々いろ/\尋ね候へ共何分知らざる由ゆゑ夫れより近所合壁がつぺきにて承たまはり候と雖どもこれと申す取留とりとめたる儀は御座なく候とぞ申しける
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
そんな他愛のない、取留とりとめのない、しかも便たよりのないみなしごに、ただ一筋に便らるる、梓はどうして棄てられよう。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
駈足をしてる様ないそがしい人々、さては、濁つた大川を上り下りの川蒸気、川の向岸むかうに立列んだ、強い色彩いろ種々いろいろの建物、などを眺めて、取留とりとめもない、切迫塞せつぱつまつた苦痛くるしみおそはれてゐた事などが
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)